ブンゴウメール公式ブログ

青空文庫の作品を1ヶ月で読めるように毎日小分けでメール配信してくれるサービス「ブンゴウメール」のブログです

老妓抄(6/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(562字。目安の読了時間:2分)

 水を口から注ぎ込むとたちまち湯になって栓口から出るギザーや、煙管の先で圧すと、すぐ種火が点じて煙草に燃えつく電気莨盆や、それらを使いながら、彼女の心は新鮮に慄えるのだった。

「まるで生きものだね、ふーム、物事は万事こういかなくっちゃ……」

 その感じから想像に生れて来る、端的で速力的な世界は、彼女に自分のして来た生涯を顧みさせた。

「あたしたちのして来たことは、まるで行燈をつけては消し、消してはつけるようなまどろい生涯だった」

 彼女はメートルの費用の嵩むのに少なからず辟易しながら、電気装置をいじるのを楽しみに、しばらくは毎朝こどものように早起した。

 電気の仕掛けはよく損じた。

近所の蒔田という電気器具商の主人が来て修繕した。

彼女はその修繕するところに附纏って、珍らしそうに見ているうちに、彼女にいくらかの電気の知識が摂り入れられた。

「陰の電気と陽の電気が合体すると、そこにいろいろの働きを起して来る。ふーむ、こりゃ人間の相性とそっくりだねえ」

 彼女の文化に対する驚異は一層深くなった。

 女だけの家では男手の欲しい出来事がしばしばあった。

それで、この方面の支弁も兼ねて蒔田が出入していたが、あるとき、蒔田は一人の青年を伴って来て、これから電気の方のことはこの男にやらせると云った。

名前は柚木といった。

=========================

ハッシュタグ「#ブンゴウメール」をつけて感想をつぶやこう! 

http://bit.ly/2ZpucMy

■Twitterでみんなの感想を見る:https://goo.gl/rgfoDv

■ブンゴウメール公式サイト:https://bungomail.com

■次に読みたい作品を教えてください!:http://blog.notsobad.jp/entry/2018/05/03/145404

■青空文庫でこの作品を読む:https://www.aozora.gr.jp/cards/000076/files/447_19592.html

■運営へのご支援はこちら: https://www.buymeacoffee.com/bungomail

メール配信の停止はこちら:https://goo.gl/forms/kVz3fE9HdDq5iuA03

-------

配信元: ブンゴウメール編集部

NOT SO BAD, LLC.

Web: https://bungomail.com

Mail: info@notsobad.jp

老妓抄(5/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(716字。目安の読了時間:2分)

芸者屋をしている表店と彼女の住っている裏の蔵附の座敷とは隔離してしまって、しもたや風の出入口を別に露地から表通りへつけるように造作したのも、その現われの一つであるし、遠縁の子供を貰って、養女にして女学校へ通わせたのもその現われの一つである。

彼女の稽古事が新時代的のものや知識的のものに移って行ったのも、或はまたその現われの一つと云えるかも知れない。

この物語を書き記す作者のもとへは、下町のある知人の紹介で和歌を学びに来たのであるが、そのとき彼女はこういう意味のことを云った。

 芸者というものは、調法ナイフのようなもので、これと云って特別によく利くこともいらないが、大概なことに間に合うものだけは持っていなければならない。

どうかその程度に教えて頂きたい。

この頃は自分の年恰好から、自然上品向きのお客さんのお相手をすることが多くなったから。

 作者は一年ほどこの母ほども年上の老女の技能を試みたが、和歌は無い素質ではなかったが、むしろ俳句に適する性格を持っているのが判ったので、やがて女流俳人の某女に紹介した。

老妓はそれまでの指導の礼だといって、出入りの職人を作者の家へ寄越して、中庭に下町風の小さな池と噴水を作ってくれた。

 彼女が自分の母屋を和洋折衷風に改築して、電化装置にしたのは、彼女が職業先の料亭のそれを見て来て、負けず嫌いからの思い立ちに違いないが、設備して見て、彼女はこの文明の利器が現す働きには、健康的で神秘なものを感ずるのだった。

 水を口から注ぎ込むとたちまち湯になって栓口から出るギザーや、煙管の先で圧すと、すぐ種火が点じて煙草に燃えつく電気莨盆や、それらを使いながら、彼女の心は新鮮に慄えるのだった。

=========================

ハッシュタグ「#ブンゴウメール」をつけて感想をつぶやこう! 

http://bit.ly/2ZpucMy

■Twitterでみんなの感想を見る:https://goo.gl/rgfoDv

■ブンゴウメール公式サイト:https://bungomail.com

■次に読みたい作品を教えてください!:http://blog.notsobad.jp/entry/2018/05/03/145404

■青空文庫でこの作品を読む:https://www.aozora.gr.jp/cards/000076/files/447_19592.html

■運営へのご支援はこちら: https://www.buymeacoffee.com/bungomail

メール配信の停止はこちら:https://goo.gl/forms/kVz3fE9HdDq5iuA03

-------

配信元: ブンゴウメール編集部

NOT SO BAD, LLC.

Web: https://bungomail.com

Mail: info@notsobad.jp

老妓抄(4/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(605字。目安の読了時間:2分)

おまえさんたち」と小そのは総てを語ったのちにいう、「何人男を代えてもつづまるところ、たった一人の男を求めているに過ぎないのだね。いまこうやって思い出して見て、この男、あの男と部分々々に牽かれるものの残っているところは、その求めている男の一部一部の切れはしなのだよ。だから、どれもこれも一人では永くは続かなかったのさ」

「そして、その求めている男というのは」と若い芸妓たちは訊き返すと

「それがはっきり判れば、苦労なんかしやしないやね」それは初恋の男のようでもあり、また、この先、見つかって来る男かも知れないのだと、彼女は日常生活の場合の憂鬱な美しさを生地で出して云った。

「そこへ行くと、堅気さんの女は羨しいねえ。親がきめてくれる、生涯ひとりの男を持って、何も迷わずに子供を儲けて、その子供の世話になって死んで行く」

 ここまで聴くと、若い芸妓たちは、姐さんの話もいいがあとが人をくさらしていけないと評するのであった。

 小そのが永年の辛苦で一通りの財産も出来、座敷の勤めも自由な選択が許されるようになった十年ほど前から、何となく健康で常識的な生活を望むようになった。

芸者屋をしている表店と彼女の住っている裏の蔵附の座敷とは隔離してしまって、しもたや風の出入口を別に露地から表通りへつけるように造作したのも、その現われの一つであるし、遠縁の子供を貰って、養女にして女学校へ通わせたのもその現われの一つである。

=========================

ハッシュタグ「#ブンゴウメール」をつけて感想をつぶやこう! 

http://bit.ly/2ZpucMy

■Twitterでみんなの感想を見る:https://goo.gl/rgfoDv

■ブンゴウメール公式サイト:https://bungomail.com

■次に読みたい作品を教えてください!:http://blog.notsobad.jp/entry/2018/05/03/145404

■青空文庫でこの作品を読む:https://www.aozora.gr.jp/cards/000076/files/447_19592.html

■運営へのご支援はこちら: https://www.buymeacoffee.com/bungomail

メール配信の停止はこちら:https://goo.gl/forms/kVz3fE9HdDq5iuA03

-------

配信元: ブンゴウメール編集部

NOT SO BAD, LLC.

Web: https://bungomail.com

Mail: info@notsobad.jp

老妓抄(3/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(552字。目安の読了時間:2分)

 若い芸妓たちは、とうとう髪を振り乱して、両脇腹を押え喘いでいうのだった。

「姐さん、頼むからもう止してよ。この上笑わせられたら死んでしまう」

 老妓は、生きてる人のことは決して語らないが、故人で馴染のあった人については一皮剥いた彼女独特の観察を語った。

それ等の人の中には思いがけない素人や芸人もあった。

 中国の名優の梅蘭芳が帝国劇場に出演しに来たとき、その肝煎りをした某富豪に向って、老妓は「費用はいくらかかっても関いませんから、一度のおりをつくって欲しい」と頼み込んで、その富豪に宥め返されたという話が、嘘か本当か、彼女の逸話の一つになっている。

 笑い苦しめられた芸妓の一人が、その復讐のつもりもあって

「姐さんは、そのとき、銀行の通帳を帯揚げから出して、お金ならこれだけありますと、その方に見せたというが、ほんとうですか」と訊く。

 すると、彼女は

「ばかばかしい。子供じゃあるまいし、帯揚げのなんのって……」

 こどものようになって、ぷんぷん怒るのである。

その真偽はとにかく、彼女からこういううぶな態度を見たいためにも、若い女たちはしばしば訊いた。

「だがね。おまえさんたち」と小そのは総てを語ったのちにいう、「何人男を代えてもつづまるところ、たった一人の男を求めているに過ぎないのだね。

=========================

ハッシュタグ「#ブンゴウメール」をつけて感想をつぶやこう! 

http://bit.ly/2ZpucMy

■Twitterでみんなの感想を見る:https://goo.gl/rgfoDv

■ブンゴウメール公式サイト:https://bungomail.com

■次に読みたい作品を教えてください!:http://blog.notsobad.jp/entry/2018/05/03/145404

■青空文庫でこの作品を読む:https://www.aozora.gr.jp/cards/000076/files/447_19592.html

■運営へのご支援はこちら: https://www.buymeacoffee.com/bungomail

メール配信の停止はこちら:https://goo.gl/forms/kVz3fE9HdDq5iuA03

-------

配信元: ブンゴウメール編集部

NOT SO BAD, LLC.

Web: https://bungomail.com

Mail: info@notsobad.jp

老妓抄(2/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(602字。目安の読了時間:2分)

 だが、彼女は職業の場所に出て、好敵手が見つかると、はじめはちょっと呆けたような表情をしたあとから、いくらでも快活に喋舌り出す。

 新喜楽のまえの女将の生きていた時分に、この女将と彼女と、もう一人新橋のひさごあたりが一つ席に落合って、雑談でも始めると、この社会人の耳には典型的と思われる、機知と飛躍に富んだ会話が展開された。

相当な年配の芸妓たちまで「話し振りを習おう」といって、客を捨てて老女たちの周囲に集った。

 彼女一人のときでも、気に入った若い同業の女のためには、経験談をよく話した。

 何も知らない雛妓時代に、座敷の客と先輩の間に交される露骨な話に笑い過ぎて畳の上に粗相をしてしまい、座が立てなくなって泣き出してしまったことから始めて、囲いもの時代に、情人と逃げ出して、旦那におふくろを人質にとられた話や、もはや抱妓の二人三人も置くような看板ぬしになってからも、内実の苦しみは、五円の現金を借りるために、横浜往復十二円の月末払いの俥に乗って行ったことや、彼女は相手の若い妓たちを笑いでへとへとに疲らせずには措かないまで、話の筋は同じでも、趣向は変えて、その迫り方は彼女に物の怪がつき、われ知らずに魅惑の爪を相手の女に突き立てて行くように見える。

若さを嫉妬して、老いが狡猾な方法で巧みに責め苛んでいるようにさえ見える。

 若い芸妓たちは、とうとう髪を振り乱して、両脇腹を押え喘いでいうのだった。

=========================

ハッシュタグ「#ブンゴウメール」をつけて感想をつぶやこう! 

http://bit.ly/2ZpucMy

■Twitterでみんなの感想を見る:https://goo.gl/rgfoDv

■ブンゴウメール公式サイト:https://bungomail.com

■次に読みたい作品を教えてください!:http://blog.notsobad.jp/entry/2018/05/03/145404

■青空文庫でこの作品を読む:https://www.aozora.gr.jp/cards/000076/files/447_19592.html

■運営へのご支援はこちら: https://www.buymeacoffee.com/bungomail

メール配信の停止はこちら:https://goo.gl/forms/kVz3fE9HdDq5iuA03

-------

配信元: ブンゴウメール編集部

NOT SO BAD, LLC.

Web: https://bungomail.com

Mail: info@notsobad.jp

【お詫びとお知らせ】ブンゴウメールの配信遅延について

いつもブンゴウメールをご利用ありがとうございます。

本日システム障害により、9時以前に配信予定だった無料版および有料版のメール配信で遅延が生じておりました。申し訳ありません!

現在システムは復旧しており、本日これ以降に配信されるチャネルは通常どおり配信される予定です。

=========================

せっかくなので本配信に書き忘れた作者の紹介をどうぞ。

▼作者について

岡本かの子(おかもと かのこ)

1889-1939

大正から昭和にかけて活躍した作家・歌人。芸術家・岡本太郎の母としても有名だが、自身も小説家として耽美な作風で当時の批評家から高い評価を得ていた。

Wikipedia: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E6%9C%AC%E3%81%8B%E3%81%AE%E5%AD%90

それでは、今月もお楽しみくださいませ〜!

=========================

配信元: ブンゴウメール編集部

NOT SO BAD, LLC.

Web: https://bungomail.com

Mail: info@notsobad.jp

老妓抄(1/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(539字。目安の読了時間:2分)

 平出園子というのが老妓の本名だが、これは歌舞伎俳優の戸籍名のように当人の感じになずまないところがある。

そうかといって職業上の名の小そのとだけでは、だんだん素人の素朴な気持ちに還ろうとしている今日の彼女の気品にそぐわない。

 ここではただ何となく老妓といって置く方がよかろうと思う。

 人々は真昼の百貨店でよく彼女を見かける。

 目立たない洋髪に結び、市楽の着物を堅気風につけ、小女一人連れて、憂鬱な顔をして店内を歩き廻る。

恰幅のよい長身に両手をだらりと垂らし、投出して行くような足取りで、一つところを何度も廻り返す。

そうかと思うと、紙凧の糸のようにすっとのして行って、思いがけないような遠い売場に佇む。

彼女は真昼の寂しさ以外、何も意識していない。

 こうやって自分を真昼の寂しさに憩わしている、そのことさえも意識していない。

ひょっと目星い品が視野から彼女を呼び覚すと、彼女の青みがかった横長の眼がゆったりと開いて、対象の品物を夢のなかの牡丹のように眺める。

唇が娘時代のように捲れ気味に、片隅へ寄ると其処に微笑が泛ぶ。

また憂鬱に返る。

 だが、彼女は職業の場所に出て、好敵手が見つかると、はじめはちょっと呆けたような表情をしたあとから、いくらでも快活に喋舌り出す。

=========================

ハッシュタグ「#ブンゴウメール」をつけて感想をつぶやこう! 

http://bit.ly/2ZpucMy

■Twitterでみんなの感想を見る:https://goo.gl/rgfoDv

■ブンゴウメール公式サイト:https://bungomail.com

■次に読みたい作品を教えてください!:http://blog.notsobad.jp/entry/2018/05/03/145404

■青空文庫でこの作品を読む:https://www.aozora.gr.jp/cards/000076/files/447_19592.html

■運営へのご支援はこちら: https://www.buymeacoffee.com/bungomail

メール配信の停止はこちら:https://goo.gl/forms/kVz3fE9HdDq5iuA03

-------

配信元: ブンゴウメール編集部

NOT SO BAD, LLC.

Web: https://bungomail.com

Mail: info@notsobad.jp