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父帰る(4/15)

(590字。目安の読了時間:2分)

母   仕立物を持って行っとんや。
新二郎 (和服になって寛ぎながら)兄さん! 今日僕は不思議な噂をきいたんですがね。
杉田校長が古新町で、家のお父さんによく似た人に会ったというんですがね。
母と兄 うーむ。
新二郎 杉田さんが、古新町の旅籠屋が並んどる所を通っとると、前に行く六十ばかりの老人がある。
よく見るとどうも見たようなことがあると思って、近づいて横顔を見ると、家のお父さんに似ていたというんです。
どうも宗太郎さんらしい、宗太郎さんなら右の頬にほくろがあるはずじゃけに、ほくろがあったら声をかけようと思って、近よろうとすると水神さんの横町へ、こそこそとはいってしもうたというんです。
母   杉田さんなら、お父さんの幼な友達で、一緒に槍の稽古をしていた人やけに、見違うこともないやろう。
けどもうお前、二十年にもなるんやけにのう。
新二郎 杉田さんもそういうとったです。
何しろ二十年も会わんのやけに、しっかりしたことはいえんけど、子供の時から交際うた宗太郎さんやけに、まるきり見違えたともいえんいうてな。
賢一郎 (不安な瞳を輝かして)じゃ、杉田さんは言葉をかけなかったのだね。
新二郎 ほくろがあったら名乗る心算でいたのやって。
母   まあ、そりゃ杉田さんの見違いやろうな。
同じ町へ帰ったら自分の生れた家に帰らんことはないけにのう。

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父帰る(3/15)

(540字。目安の読了時間:2分)

母   宿直やけに、遅うなるんや。
新は今月からまた月給が上るというとった。
賢一郎 そうですか。
あいつは中学校でよくできたけに、小学校の先生やこしするのは不満やろうけど、自分で勉強さえしたらなんぼでも出世はできるんやけに。
母   お前の嫁も探してもろうとんやけど、ええのがのうてのう。
園田の娘ならええけど、少し向うの方が格式が上やけにくれんかも知れんでな。
賢一郎 まだ二、三年はええでしょう。
母   でもおたねをほかへやるとすると、ぜひにも貰わないかん。
それで片が付くんやけに。
お父さんが出奔した時には三人の子供を抱えてどうしようと思ったもんやが……。
賢一郎 もう昔のことをいうても仕方がないんやけえに。
(表の格子開き新二郎帰って来る。小学教師にして眉目秀れたる青年なり)
新二郎 ただいま。
母   やあおかえり。
賢一郎 大変遅かったじゃないか。
新二郎 今日は調べものがたくさんあって、閉口してしもうた。
ああ肩が凝った。
母   さっきから御飯にしようと思って待っとったんや。
賢一郎 御飯がすんだら風呂へ行って来るとええ。
新二郎 (和服に着替えながら)おたあさん、たねは。
母   仕立物を持って行っとんや。

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父帰る(2/15)

(580字。目安の読了時間:2分)

母   けんど、一万や、二万の財産は使い出したら何の役にもたたんけえな。
家でもおたあさんが来た時には公債や地所で、二、三万円はあったんやけど、お父さんが道楽して使い出したら、笹につけて振るごとしじゃ。
賢一郎 (不快なる記憶を呼び起したるごとく黙している)……。
母   私は自分で懲々しとるけに、たねは財産よりも人間のええ方へやろうと思うとる。
財産がのうても、亭主の心掛がよかったら一生苦労せいで済むけにな。
賢一郎 財産があって、人間がよけりゃ、なおいいでしょう。
母   そんなことが望めるもんけ。
おたねがなんぼ器量よしでも、家には金がないんやけにな。
この頃のことやけに、少し支度をしても三百円や五百円はすぐかかるけにのう。
賢一郎 おたねも、お父さんのために子供の時ずいぶん苦労をしたんやけに、嫁入りの支度だけでもできるだけのことはしてやらないかん。
私たちの貯金が千円になったら半分はあれにやってもええ。
母   そんなにせいでも、三百円かけてやったらええ。
その後でお前にも嫁を貰うたらわしも一安心するんや。
わしは亭主運が悪かったけど子供運はええいうて皆いうてくれる。
お父さんに行かれた時はどうしようと思ったがのう……。
賢一郎 (話題を転ずるために)新は大分遅いな。
母   宿直やけに、遅うなるんや。

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父帰る(1/15)

(550字。目安の読了時間:2分)

人物
 黒田賢一郎     二十八歳
 その弟  新二郎  二十三歳
 その妹  おたね  二十歳
 彼らの母 おたか  五十一歳
 彼らの父 宗太郎

 明治四十年頃

 南海道の海岸にある小都会
情景 中流階級のつつましやかな家、六畳の間、正面に箪笥があって、その上に目覚時計が置いてある。
前に長火鉢あり、薬缶から湯気が立っている。
卓子台が出してある。
賢一郎、役所から帰って和服に着替えたばかりと見え、寛いで新聞を読んでいる。
母のおたかが縫物をしている。
午後七時に近く戸外は闇し、十月の初め。
賢一郎 おたあさん、おたねはどこへ行ったの。
母   仕立物を届けに行った。
賢一郎 まだ仕立物をしとるの。
もう人の家の仕事やこし、せんでもええのに。
母   そうやけど嫁入りの時に、一枚でも余計ええ着物を持って行きたいのだろうわい。
賢一郎 (新聞の裏を返しながら)この間いうとった口はどうなったの。
母   たねが、ちいと相手が気に入らんのだろうわい。
向こうはくれくれいうてせがんどったんやけれどものう。
賢一郎 財産があるという人やけに、ええ口やがなあ。
母   けんど、一万や、二万の財産は使い出したら何の役にもたたんけえな。

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【お知らせ】
今月前半は、何度も映画化された菊池寛の人気戯曲『父帰る』をお送りします。
また10月・11月はKADOKAWAより出版されている書籍『文豪どうかしてる逸話集』とコラボし、月初にその月に配信する文豪のどうかしてる逸話をご紹介します!

さっそく今月は菊池寛のエピソードをお楽しみください。

▼文豪紹介
菊池寛(1888-1948)
芥川龍之介らと同世代の小説家で、現代まで続く文藝春秋社を創業した実業家でもある。 小説『真珠夫人』が大ヒットし人気作家に。 友人であった芥川と直木三十五の夭折を悼み、芥川賞・直木賞を創設した。

▼エピソード
菊池寛が、「来月にもやめるかもしれない。」と出した雑誌、100年続く。

 菊池寛が35歳の時に創刊した雑誌『文藝春秋』は、よその文芸雑誌の値段が1冊80銭~1円の時代に1冊10銭と破格の安さで、 さらに菊池の人脈を余すところなく発揮し、当時売れっ子作家だった芥川龍之介をはじめ、川端康成や直木三十五など気鋭の作家に寄稿させた創刊号3000部はまたたくまに売り切れます。
その後も売り上げを伸ばし、「特別創作号」と銘打った号は1万1千部の売り上げと大ヒットします。

一気に超人気雑誌となった『文藝春秋』は、社員を増やすべく公募を告知すると、なんと700名を超える応募があり、菊池は「麹町・春日町・雑司ケ谷・八重洲、これらの地名の由来を答えよ。」とだけ出題して、回答できた人間は全員採用しました。

社員が増えれば風紀も乱れる。 いつも仕事中に将棋を指したり卓球をしたりして遊んでいた菊池を見習ってか、社員たちも毎日遊んでばっかり。
さすがにこれはまずいと見かねた菊池は、「卓球・将棋禁止令」を出しましたが、この禁止令に一番苦しんだのも、一番最初に破ったのも菊池本人でした。

出典:進士素丸『文豪どうかしてる逸話集』
https://amazon.co.jp/dp/4046044519

※他にもブンゴウメールでこれまで配信した作家のエピソードも多数収録されているので、興味を持った方はぜひ書籍もチェックしてみてください!

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秘密(30/30)

(527字。目安の読了時間:2分)

丁度道了権現の向い側の、ぎっしり並んだ家と家との庇間を分けて、殆(ほとん)ど眼につかないような、細い、ささやかな小路のあるのを見つけ出した時、私は直覚的に女の家がその奥に潜んで居ることを知った。
中へ這入って行くと右側の二三軒目の、見事な洗い出しの板塀に囲まれた二階の欄干から、松の葉越しに女は死人のような顔をして、じっと此方を見おろして居た。
思わず嘲るような瞳を挙げて、二階を仰ぎ視ると、寧ろ空惚けて別人を装うものの如く、女はにこりともせずに私の姿を眺めて居たが、別人を装うても訝(あや)しまれぬくらい、その容貌は夜の感じと異って居た。
たッた一度、男の乞いを許して、眼かくしの布を弛(ゆる)めたばかりに、秘密を発かれた悔恨、失意の情が見る見る色に表われて、やがて静かに障子の蔭(かげ)へ隠れて了った。
女は芳野と云うその界隈での物持の後家であった。
あの印形屋の看板と同じように、凡べての謎は解かれて了った。
私はそれきりその女を捨てた。
二三日過ぎてから、急に私は寺を引き払って田端の方へ移転した。
私の心はだんだん「秘密」などと云う手ぬるい淡い快感に満足しなくなって、もッと色彩の濃い、血だらけな歓楽を求めるように傾いて行った。

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【お知らせ】
というわけで、9月は谷崎潤一郎『秘密』をお送りしました。
早いものでもう10月。急に秋っぽくなってきましたね。
明日からはまた別の作品をお送りしますのでお楽しみに!

また先日もお伝えしましたが、10月・11月は書籍『文豪どうかしてる逸話集』とコラボし、月初にその月の文豪の逸話を配信します。

▼ 進士素丸『文豪どうかしてる逸話集』
https://amazon.co.jp/dp/4046044519

明日10月1日の配信分に1つ目のエピソードが掲載されますので、ぜひお楽しみください!

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秘密(29/30)

(609字。目安の読了時間:2分)

いつぞや小紋の縮緬を買った古着屋の店もつい二三間先に見えて居る。
不思議な小路は、三味線堀と仲お徒町の通りを横に繋(つな)いで居る街路であったが、どうも私は今迄其処を通った覚えがなかった。
散々私を悩ました精美堂の看板の前に立って、私は暫く彳(たたず)んで居た。
燦爛(さんらん)とした星の空を戴いて夢のような神秘な空気に蔽われながら、赤い燈火を湛(たた)えて居る夜の趣とは全く異り、秋の日にかんかん照り附けられて乾涸びて居る貧相な家並を見ると、何だか一時にがっかりして興が覚めて了った。
抑え難い好奇心に駆られ、犬が路上の匂いを嗅ぎつつ自分の棲(す)み家へ帰るように、私は又其処から見当をつけて走り出した。
道は再び浅草区へ這入って、小島町から右へ右へと進み、菅橋の近所で電車通りを越え、代地河岸を柳橋の方へ曲って、遂に両国の広小路へ出た。
女が如何に方角を悟らせまいとして、大迂廻をやっていたかが察せられる。
薬研掘、久松町、浜町と来て蠣浜橋を渡った処で、急にその先が判らなくなった。
何んでも女の家は、この辺の路次にあるらしかった。
一時間ばかりかかって、私はその近所の狭い横町を出つ入りつした。
丁度道了権現の向い側の、ぎっしり並んだ家と家との庇間を分けて、殆(ほとん)ど眼につかないような、細い、ささやかな小路のあるのを見つけ出した時、私は直覚的に女の家がその奥に潜んで居ることを知った。

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秘密(28/30)

(554字。目安の読了時間:2分)

何とかして、あの町の在りかを捜し出そうと苦心した揚句、私は漸く一策を案じ出した。
長い年月の間、毎夜のように相乗りをして引き擦り廻されて居るうちに、雷門で俥がくるくると一つ所を廻る度数や、右に折れ左に曲る回数まで、一定して来て、私はいつともなくその塩梅を覚え込んでしまった。
或る朝、私は雷門の角へ立って眼をつぶりながら二三度ぐるぐると体を廻した後、この位だと思う時分に、俥と同じ位の速度で一方へ駆け出して見た。
唯好い加減に時間を見はからって彼方此方の横町を折れ曲るより外の方法はなかったが、丁度この辺と思う所に、予想の如く、橋もあれば、電車通りもあって、確かにこの道に相違ないと思われた。
道は最初雷門から公園の外郭を廻って千束町に出て、龍泉寺町の細い通りを上野の方へ進んで行ったが、車坂下で更に左へ折れ、お徒町の往来を七八町も行くとやがて又左へ曲り始める。
私は其処でハタとこの間の小路にぶつかった。
成る程正面に印形屋の看板が見える。
それを望みながら、秘密の潜んでいる巌窟の奥を究めでもするように、つかつかと進んで行ったが、つきあたりの通りへ出ると、思いがけなくも、其処は毎晩夜店の出る下谷竹町の往来の続きであった。
いつぞや小紋の縮緬を買った古着屋の店もつい二三間先に見えて居る。

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