ブンゴウメール公式ブログ

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2018-08-01から1ヶ月間の記事一覧

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (31/31)

(594字。目安の読了時間:2分) 外の人達の様に、私を気違いだとはおっしゃいませんでしょうね。アア、それで私も話甲斐があったと申すものですよ。どれ、兄さん達もくたびれたでしょう。それに、あなた方を前に置いて、あんな話をしましたので、さぞかし恥…

【ブンゴウメール】人間椅子 (30/31)

(586字。目安の読了時間:2分) 手紙の後の方は、いっそ読まないで、破り棄てて了おうかと思ったけれど、どうやら気懸りなままに、居間の小机の上で、兎も角も、読みつづけた。 彼女の予感はやっぱり当っていた。 これはまあ、何という恐ろしい事実であろう…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (30/31)

(653字。目安の読了時間:2分) 二人は本当の新婚者の様に、恥かし相に顔を赤らめながら、お互の肌と肌とを触れ合って、さもむつまじく、尽きぬ睦言を語り合ったものでございますよ。 その後、父は東京の商売をたたみ、富山近くの故郷へ引込みましたので、…

【ブンゴウメール】人間椅子 (29/31)

(575字。目安の読了時間:2分) 私は決してそれ以上を望むものではありません。 そんなことを望むには、余りに醜く、汚れ果てた私でございます。 どうぞどうぞ、世にも不幸な男の、切なる願いを御聞き届け下さいませ。 私は昨夜、この手紙を書く為に、お邸…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (29/31)

(703字。目安の読了時間:2分) 私はその絵をどんなに高くてもよいから、必ず私に譲ってくれと、覗き屋に固い約束をして、(妙なことに、小姓の吉三の代りに洋服姿の兄が坐っているのを、覗き屋は少しも気がつかない様子でした)家へ飛んで帰って、一伍一什…

【ブンゴウメール】人間椅子 (28/31)

(543字。目安の読了時間:2分) 彼女は、丁度嬰児が母親の懐に抱かれる時の様な、又は、処女が恋人の抱擁に応じる時の様な、甘い優しさを以て私の椅子に身を沈めます。 そして、私の膝の上で、身体を動かす様子までが、さも懐しげに見えるのでございます。 …

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (28/31)

(680字。目安の読了時間:2分) なんと、あなた、こうして私の兄は、それっきり、この世から姿を消してしまったのでございますよ……それ以来というもの、私は一層遠眼鏡という魔性の器械を恐れる様になりました。殊にも、このどこの国の船長とも分らぬ、異人…

【ブンゴウメール】人間椅子 (27/31)

(616字。目安の読了時間:2分) 若し、そこに人間が隠れているということを、あからさまに知らせたなら、彼女はきっと、驚きの余り、主人や召使達に、その事を告げるに相違ありません。 それでは凡てが駄目になって了うばかりか、私は、恐ろしい罪名を着て…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (27/31)

(679字。目安の読了時間:2分) で、兄の秘蔵の遠眼鏡も、余り覗いたことがなく、覗いたことが少い丈けに、余計それが魔性の器械に思われたものです。 しかも、日が暮て人顔もさだかに見えぬ、うすら淋しい観音堂の裏で、遠眼鏡をさかさにして、兄を覗くな…

【ブンゴウメール】人間椅子 (26/31)

(564字。目安の読了時間:2分) それ以来、約一ヶ月の間、私は絶えず、夫人と共に居りました。 夫人の食事と、就寝の時間を除いては、夫人のしなやかな身体は、いつも私の上に在りました。 それというのが、夫人は、その間、書斎につめきって、ある著作に没…

【ブンゴウメール】人間椅子 (25/31)

(533字。目安の読了時間:2分) 今度は、ひょっとすると、日本人に買いとられるかも知れない。 そして、日本人の家庭に置かれるかも知れない。 それが、私の新しい希望でございました。 私は、兎も角も、もう少し椅子の中の生活を続けて見ることに致しまし…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (26/31)

(645字。目安の読了時間:2分) その時分には、もう日が暮かけて、人足もまばらになり、覗きの前にも、二三人のおかっぱの子供が、未練らしく立去り兼ねて、うろうろしているばかりでした。 昼間からどんよりと曇っていたのが、日暮には、今にも一雨来そう…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (25/31)

(683字。目安の読了時間:2分) そして、『お前、私達が探していた娘さんはこの中にいるよ』と申すのです。 そう云われたものですから、私は急いでおあしを払って、覗きの眼鏡を覗いて見ますと、それは八百屋お七の覗きからくりでした。 丁度吉祥寺の書院で…

【ブンゴウメール】人間椅子 (24/31)

(544字。目安の読了時間:2分) その為に不用になった調度などは、ある大きな家具商に委託して、競売せしめたのでありますが、その競売目録の内に、私の椅子も加わっていたのでございます。 私は、それを知ると、一時はガッカリ致しました。 そして、それを…

【ブンゴウメール】人間椅子 (23/31)

(595字。目安の読了時間:2分) もう一つは、有名なある国のダンサーが来朝した時、偶然彼女がそのホテルに宿泊して、たった一度ではありましたが、私の椅子に腰かけたことでございます。 その時も、私は、大使の場合と似た感銘を受けましたが、その上、彼…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (24/31)

(678字。目安の読了時間:2分) 引張られて、塔の石段をかけ降りながら、訳を尋ねますと、いつかの娘さんが見つかったらしいので、青畳を敷いた広い座敷に坐っていたから、これから行っても大丈夫元の所にいると申すのでございます。 兄が見当をつけた場所…

【ブンゴウメール】人間椅子 (22/31)

(635字。目安の読了時間:2分) それは、政治家としてよりも、世界的な詩人として、一層よく知られていた人ですが、それ丈けに、私は、その偉人の肌を知ったことが、わくわくする程も、誇らしく思われたのでございます。 彼は私の上で、二三人の同国人を相…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (23/31)

(679字。目安の読了時間:2分) 三十年以上も昔のことですけれど、こうして眼をふさぎますと、その夢の様な色どりが、まざまざと浮んで来る程でございます。 さっきも申しました通り、兄のうしろに立っていますと、見えるものは、空ばかりで、モヤモヤとし…

【ブンゴウメール】人間椅子 (21/31)

(610字。目安の読了時間:2分) 中には、一ヶ月も二ヶ月も、そこを住居のようにして、泊りつづけている人もありましたけれど、元来ホテルのことですから絶えず客の出入りがあります。 随って私の奇妙な恋も、時と共に相手が変って行くのを、どうすることも…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (22/31)

(613字。目安の読了時間:2分) 遠眼鏡では近くに見えても実際は遠方のことですし、沢山の人混みの中ですから、一度見えたからと云って、二度目に探し出せると極まったものではございませんからね。 それからと申すもの、兄はこの眼鏡の中の美しい娘が忘れ…

【ブンゴウメール】人間椅子 (20/31)

(585字。目安の読了時間:2分) 考えて見れば、この世界の、人目につかぬ隅々では、どの様に異形な、恐ろしい事柄が、行われているか、ほんとうに想像の外でございます。 無論始めの予定では、盗みの目的を果しさえすれば、すぐにもホテルを逃げ出す積りで…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (21/31)

(672字。目安の読了時間:2分) 私は『兄さんの此頃の御様子には、御父さんもお母さんも大変心配していらっしゃいます。 毎日毎日どこへ御出掛なさるのかと不思議に思って居りましたら、兄さんはこんな所へ来ていらしったのでございますね。 どうかその訳を…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (20/31)

(706字。目安の読了時間:2分) 頂上は八角形の欄干丈けで、壁のない、見晴らしの廊下になっていましてね、そこへたどりつくと、俄(にわか)にパッと明るくなって、今までの薄暗い道中が長うござんしただけに、びっくりしてしまいます。 雲が手の届きそう…

【ブンゴウメール】人間椅子 (19/31)

(560字。目安の読了時間:2分) この驚くべき発見をしてからというものは、私は最初の目的であった盗みなどは第二として、ただもう、その不思議な感触の世界に、惑溺して了ったのでございます。 私は考えました。 これこそ、この椅子の中の世界こそ、私に与…

【ブンゴウメール】人間椅子 (18/31)

(623字。目安の読了時間:2分) そして、私のひそんでいる肘掛椅子の前まで来たかと思うと、いきなり、豊満な、それでいて、非常にしなやかな肉体を、私の上へ投げつけました。 しかも、彼女は何がおかしいのか、突然アハアハ笑い出し、手足をバタバタさせ…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (19/31)

(673字。目安の読了時間:2分) まさか兄がこんな所へ、毎日毎日通っていようとは、夢にも存じませんので、私はあきれてしまいましたよ。 子供心にね、私はその時まだ二十にもなってませんでしたので、兄はこの十二階の化物に魅入られたんじゃないかなんて…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (18/31)

(612字。目安の読了時間:2分) 兄はその日も、丁度今日の様などんよりとした、いやな日でござんしたが、おひる過から、その頃兄の工風で仕立てさせた、当時としては飛び切りハイカラな、黒天鵞絨の洋服を着ましてね、この遠眼鏡を肩から下げ、ヒョロヒョロ…

【ブンゴウメール】人間椅子 (17/31)

(578字。目安の読了時間:2分) その外、背骨の曲り方、肩胛骨の開き工合、腕の長さ、太腿の太さ、或は尾骨の長短など、それらの凡ての点を綜合して見ますと、どんな似寄った背恰好の人でも、どこか違った所があります。 人間というものは、容貌や指紋の外…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (17/31)

(790字。目安の読了時間:2分) 高さが四十六間と申しますから、半丁の余で、八角型の頂上が、唐人の帽子みたいに、とんがっていて、ちょっと高台へ昇りさえすれば、東京中どこからでも、その赤いお化が見られたものです。 今も申す通り、明治二十八年の春…

【ブンゴウメール】人間椅子 (16/31)

(616字。目安の読了時間:2分) 私はもう、余りの恐ろしさに、椅子の中の暗闇で、堅く堅く身を縮めて、わきの下からは、冷い汗をタラタラ流しながら、思考力もなにも失って了って、ただもう、ボンヤリしていたことでございます。 その男を手始めに、その日…