ブンゴウメール公式ブログ

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2018-09-01から1ヶ月間の記事一覧

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (30/30)

(513字。目安の読了時間:2分) 「オンバラジャア、ユウセイソワカ」私は、鉄の棒を握って、何となく空に祈った。 淋しくなった。 裏側の水上署でカラカラ鈴の鳴る音が聞える。 私は裏側へ廻(まわ)って、水色のペンキ塗りの歪んだ窓へよじ登って下を覗い…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (29/30)

(564字。目安の読了時間:2分) 「どぎゃん、したと?」 「お父さんが、のう……警察い行きなはった」 私は、この時の悲しみを、一生忘れないだろう。 通草のように瞼が重くなった。 「おッ母さんな、警察い、ちょっと行って来ッで、ええ子して待っとれ」 「…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (28/30)

(574字。目安の読了時間:2分) 「早よう売らな腐る云いよった」 「そぎゃん、ひどかもん売ってもよかろか?」 「ハテ、良かろか、悪かろか、食えんもな、仕様がなかじゃなッか」 尾の道の町はずれに吉和と云う村があった。 帆布工場もあって、女工や、漁師…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (27/30)

(561字。目安の読了時間:2分) 数え終ると、皮剥ぎと云う魚を指差して、「これも、えっとやろか」と云った。 「魚、わしゃ、何でも好きじゃんで」 「魚屋はええど、魚ばア食える」 男の子は、いつか、自分の家の船で釣りに連れて行ってやると云った。 私は…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (26/30)

(550字。目安の読了時間:2分) 父と母が、「大阪の方へ行ってみるか」と云う風な事をよく話しだした。 私は、大阪の方へ行きたくないと思った。 いつの間にか、父の憲兵服も無くなっていた。 だから風琴がなくなった時の事を考えると、私は胸に塩が埋った…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (25/30)

(628字。目安の読了時間:2分) 学校へ行くと、見た事もない美しい花と、石版絵がたくさん見られて楽しみであったが、大勢の子供達は、いつまでたっても、私に対して、「新馬鹿大将」を止めなかった。 「もう学校さ行きとうはなか?」 「小学校だきゃ出とら…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (24/30)

(552字。目安の読了時間:2分) 私はだんだん学校へ行く事が厭(いや)になった。 学校に馴れると、子供達は、寄ってたかって私の事を「オイチニイの新馬鹿大将の娘じゃ」と、云った。 私はチャップリンの新馬鹿大将と、父の姿とは、似つかないものだと思っ…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (23/30)

(543字。目安の読了時間:2分) 教員室には、二列になって、カナリヤの巣のような小さい本箱が並んでいた。 真中に火鉢があった。 そこに、父と校長が並んでいた。 父は、私の顔を見ると、いんぎんにおじぎをした。 だから、私も、おじぎをしなければならな…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (21/30)

(562字。目安の読了時間:2分) 母は「このひとも苦労しなはる」と、思ったのか、その通いを、医者の見ぬように隠した。 「あぶないところであった」 「よかりましょうか?」 「打身をしとらぬから、血の道さえおこらねば、このままでよろしかろ」 一度は食…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (22/30)

(616字。目安の読了時間:2分) 「これへ乗って行きゃア、東京まで、沈黙っちょっても行けるんぞ」 「東京から、先の方は行けんか?」 「夷(えびす)の住んどるけに、女子供は行けぬ」 「東京から先は海か?」 「ハテ、お父さんも行ったこたなかよ」 随分…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (20/30)

(544字。目安の読了時間:2分) 「早よう行って来ぬか! 何しよっとか?」 私は、見当もつかない夜更けの町へ出た。 波と風の音がして、町中、腥(なまぐさ)い臭いが流れていた。 小満の季節らしく、三味線の音のようなものが遠くから聞えて来る。 いつか…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (19/30)

(556字。目安の読了時間:2分) 私はたまらなくなって、雨戸を開き、障子を開けた。 石榴の葉が、ツンツン豆の葉のように光って、山の上に盆のような朱い月が出ている。 肌の上を何かついと走った。 「どぎゃん、したかアい!」 思わず私は声をあげて下へ叫…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (18/30)

(583字。目安の読了時間:2分) 「ま、勉強せい、明日は連れて行ってやる」 学校に行けることは、不安なようで嬉しい事であった。 その晩、胸がドキドキして、私は子供らしく、いつまでも瞼(まぶた)の裏に浮んで来る白い数字を数えていた。 十二時頃でで…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (17/30)

(565字。目安の読了時間:2分) 「人の足折って、知らん顔しちょるもんがよオ」 「金を持っちょるけに、かなわんたい」 「階下のおじさんな、馬鹿たれか?」 「何ば云よっとか!」 父は風琴と弁当を持って、一日中、「オイチニイ オイチニイ」と、町を流し…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (16/30)

(636字。目安の読了時間:2分) 「尾の道の町に、何か力があっとじゃろ、大阪までも行かいでよかった」 「大阪まで行っとれば、ほんのこて今頃は苦労しよっとじゃろ」 この頃、父も母も、少し肥えたかのように、私の眼にうつった。 私は毎日いっぱい飯を食…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (15/30)

(573字。目安の読了時間:2分) 二階の縁の障子をあけると、その石榴の木と井戸が真下に見えた。 井戸水は塩分を多分に含んで、顔を洗うと、ちょっと舌が塩っぱかった。 水は二階のはんど甕(がめ)の中へ、二日分位汲み入れた。 縁側には、七輪や、馬穴(…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (14/30)

(582字。目安の読了時間:2分) 白か銭ばたくさん持っちょって、何も買うてやらんげに思うちょるが、宿屋も払うし、薬の問屋へも払うてしまえば、あの白か銭は、のうなってしまうがの、早よ寝て、早よ起きい、朝いなったら、白かまんまいっぱい食べさすッで…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (13/30)

(667字。目安の読了時間:2分) 母は、私が大きい声で、すらすらと本を読む事が、自慢ででもあるのであろう。 「ふん、そうかや」と、度々優しく返事をした。 「百姓は馬鹿だな、尺取虫に土瓶を引っかけるてかい?」 「尺取虫が木の枝のごつあるからじゃろ…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (12/30)

(541字。目安の読了時間:2分) お父さんな、怒んなさって、風琴ば海さ捨てる云いなはるばい」 「また、何、ぐずっちょるとか!」 父は、豆手帳の背中から鉛筆を抜いて、薬箱の中と照し合せていた。 5 夜になると、夜桜を見る人で山の上は群った蛾(が)の…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (11/30)

(565字。目安の読了時間:2分) 私の丼の中には三角の油揚が這入っていた。 「どうしてお父さんのも、おッ母さんのも、狐(きつね)がはいっとらんと?」 「やかましいか! 子供は黙って食うがまし……」 私は一片の油揚を父の丼の中へ投げ入れてニヤッと笑っ…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (10/30)

(618字。目安の読了時間:2分) 「ぬくうなった、風がぬるぬるしよる」 「小便がしたか」 「かまうこたなか、そこへせいよ」 桟橋の下にはたくさん藻や塵芥(じんかい)が浮いていた。 その藻や塵芥の下を潜って影のような魚がヒラヒラ動いている。 帰って…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (9/30)

(580字。目安の読了時間:2分) その広場を囲んで、露店のうどん屋が鳥のように並んで、仲士達が立ったまま、つるつるとうどんを啜っていた。 露店の硝子箱(ガラスばこ)には、煎餅や、天麩羅がうまそうであった。 私は硝子箱に凭(もた)れて、煎餅と天麩…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (8/30)

(586字。目安の読了時間:2分) 「ええ――子宮、血の道には、このオイチニイの薬ほど効くものはござりませぬ」 私は材木の上に群れた子供達を押しのけると、風琴を引き寄せて肩に掛けた。 「何しよっと! わしがとじゃけに……」 子供達は、断髪にしている私の…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (7/30)

(608字。目安の読了時間:2分) 町の屋根の上には、天幕がゆれていて、桜の簪(かんざし)を差した娘達がゾロゾロ歩いていた。 「ええ――ご当地へ参りましたのは初めてでござりますが、当商会はビンツケをもって蟇(がま)の膏薬かなんぞのようなまやかしも…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (6/30)

(599字。目安の読了時間:2分) 遠いとこさ、一人で行ってしまいたか」 「お前は、めんめさえよければ、ええとじゃけに、バナナも食うつろが、蓮根も食いよって、富限者の子供でも、そげんな食わんぞな!」 「富限者の子供は、いつも甘美かもの食いよっとじ…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (5/30)

(578字。目安の読了時間:2分) 「汽車へ乗ったら、またよかもの食わしてやるけに……」 「いんにゃ、章魚が食いたか!」 「さっち、そぎゃん、困らせよっとか?」 母は房のついた縞(しま)の財布を出して私の鼻の上で振って見せた。 「ほら、これでも得心の…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (4/30)

(596字。目安の読了時間:2分) 肋骨のように、胸に黄色い筋のついた憲兵の服を着た父が、風琴を鳴らしながら「オイチニイ、オイチニイ」と坂になった町の方へ上って行った。 母は父の鳴らす風琴の音を聞くとうつむいてシュンと鼻をかんだ。 私は呆(ぼ)ん…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (3/30)

(557字。目安の読了時間:2分) 私達は、しばらく、その男達が面白い身ぶりでかまぼこをこさえている手つきに見とれていた。 「あにさん! 日の丸の旗が出ちょるが、何事ばしあるとな」 骨を叩く手を止めて、眼玉の赤い男がものうげに振り向いて口を開けた…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (2/30)

(604字。目安の読了時間:2分) 「この町は、祭でもあるらしい、降りてみんかやのう」 母も経文を合財袋にしまいながら、立ちあがった。 「ほんとに、綺麗な町じゃ、まだ陽が高いけに、降りて弁当の代でも稼ぎまっせ」 で、私達三人は、おのおのの荷物を肩…

【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (1/30)

(541字。目安の読了時間:2分) 1 父は風琴を鳴らすことが上手であった。 音楽に対する私の記憶は、この父の風琴から始まる。 私達は長い間、汽車に揺られて退屈していた、母は、私がバナナを食んでいる傍で経文を誦(ず)しながら、泪(なみだ)していた…