ブンゴウメール公式ブログ

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2019-11-01から1ヶ月間の記事一覧

武蔵野(30/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (547字。目安の読了時間:2分) 見たまえ、鍛冶工の前に二頭の駄馬が立っているその黒い影の横のほうで二三人の男が何事をかひそひそと話しあっているのを。 鉄蹄の真赤になったのが鉄砧の上に置かれ、火花が夕闇を破って往来の中ほどまで飛…

武蔵野(29/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (679字。目安の読了時間:2分) …まり東京市街の一端、あるいは甲州街道となり、あるいは青梅道となり、あるいは中原道となり、あるいは世田ヶ谷街道となりて、郊外の林地田圃に突入する処の、市街ともつかず宿駅ともつかず、一種の生活と一…

武蔵野(28/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (553字。目安の読了時間:2分) かの橋の上には村のもの四五人集まっていて、欄に倚って何事をか語り何事をか笑い、何事をか歌っていた。 その中に一人の老翁がまざっていて、しきりに若い者の話や歌をまぜッかえしていた。 月はさやかに照…

武蔵野(27/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (583字。目安の読了時間:2分) 小金井の流れのごとき、その一である。 この流れは東京近郊に及んでは千駄ヶ谷、代々木、角筈などの諸村の間を流れて新宿に入り四谷上水となる。 また井頭池善福池などより流れ出でて神田上水となるもの。 目…

武蔵野(26/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (534字。目安の読了時間:2分) この範囲の間に所沢、田無などいう駅がどんなに趣味が多いか……ことに夏の緑の深いころは。 さて立川からは多摩川を限界として上丸辺まで下る。 八王子はけっして武蔵野には入れられない。 そして丸子から下目…

武蔵野(26/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (534字。目安の読了時間:2分) この範囲の間に所沢、田無などいう駅がどんなに趣味が多いか……ことに夏の緑の深いころは。 さて立川からは多摩川を限界として上丸辺まで下る。 八王子はけっして武蔵野には入れられない。 そして丸子から下目…

武蔵野(25/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (597字。目安の読了時間:2分) 六つ玉川などと我々の先祖が名づけたことがあるが武蔵の多摩川のような川が、ほかにどこにあるか。 その川が平らな田と低い林とに連接する処の趣味は、あだかも首府が郊外と連接する処の趣味とともに無限の意…

武蔵野(24/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (591字。目安の読了時間:2分) しかしその市の尽くる処、すなわち町外ずれはかならず抹殺してはならぬ。 僕が考えには武蔵野の詩趣を描くにはかならずこの町外れを一の題目とせねばならぬと思う。 たとえば君が住まわれた渋谷の道玄坂の近…

武蔵野(23/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (551字。目安の読了時間:2分) むろん、この堤の上を麦藁帽子とステッキ一本で散歩する自分たちをも。 七 自分といっしょに小金井の堤を散歩した朋友は、今は判官になって地方に行っているが、自分の前号の文を読んで次のごとくに書いて送…

武蔵野(22/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (564字。目安の読了時間:2分) 自分たちはある橋の上に立って、流れの上と流れのすそと見比べていた。 光線の具合で流れの趣が絶えず変化している。 水上が突然薄暗くなるかとみると、雲の影が流れとともに、瞬く間に走ってきて自分たちの…

武蔵野(21/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (598字。目安の読了時間:2分) ただこれぎりなら夏らしくもないが、さて一種の濁った色の霞のようなものが、雲と雲との間をかき乱して、すべての空の模様を動揺、参差、任放、錯雑のありさまとなし、雲を劈く光線と雲より放つ陰翳とが彼方…

武蔵野(20/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (654字。目安の読了時間:2分) そこで自分は夏の郊外の散歩のどんなにおもしろいかを婆さんの耳にも解るように話してみたがむだであった。 東京の人はのんきだという一語で消されてしまった。 自分らは汗をふきふき、婆さんが剥いてくれる…

武蔵野(19/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (541字。目安の読了時間:2分) 日は富士の背に落ちんとしていまだまったく落ちず、富士の中腹に群がる雲は黄金色に染まって、見るがうちにさまざまの形に変ずる。 連山の頂は白銀の鎖のような雪がしだいに遠く北に走って、終は暗憺たる雲の…

武蔵野(18/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (585字。目安の読了時間:2分) はたして変だと驚いてはいけぬ。 その時農家で尋ねてみたまえ、門を出るとすぐ往来ですよと、すげなく答えるだろう。 農家の門を外に出てみるとはたして見覚えある往来、なるほどこれが近路だなと君は思わず…

武蔵野(18/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (585字。目安の読了時間:2分) はたして変だと驚いてはいけぬ。 その時農家で尋ねてみたまえ、門を出るとすぐ往来ですよと、すげなく答えるだろう。 農家の門を外に出てみるとはたして見覚えある往来、なるほどこれが近路だなと君は思わず…

武蔵野(17/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (576字。目安の読了時間:2分) もし萱原のほうへ下りてゆくと、今まで見えた広い景色がことごとく隠れてしまって、小さな谷の底に出るだろう。 思いがけなく細長い池が萱原と林との間に隠れていたのを発見する。 水は清く澄んで、大空を横…

武蔵野(16/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (553字。目安の読了時間:2分) 林と野とがかくもよく入り乱れて、生活と自然とがこのように密接している処がどこにあるか。 じつに武蔵野にかかる特殊の路のあるのはこのゆえである。 されば君もし、一の小径を往き、たちまち三条に分かる…

武蔵野(15/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (595字。目安の読了時間:2分) 野原の径を歩みてはかかるいみじき想いも起こるならんが、武蔵野の路はこれとは異り、相逢わんとて往くとても逢いそこね、相避けんとて歩むも林の回り角で突然出逢うことがあろう。 されば路という路、右にめ…

武蔵野(14/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (611字。目安の読了時間:2分) 萱原の一端がしだいに高まって、そのはてが天ぎわをかぎっていて、そこへ爪先あがりに登ってみると、林の絶え間を国境に連なる秩父の諸嶺が黒く横たわッていて、あたかも地平線上を走ってはまた地平線下に没…

武蔵野(13/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (660字。目安の読了時間:2分) しかし大洋のうねりのように高低起伏している。 それも外見には一面の平原のようで、むしろ高台のところどころが低く窪んで小さな浅い谷をなしているといったほうが適当であろう。 この谷の底はたいがい水田…

武蔵野(12/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (579字。目安の読了時間:2分) 黄いろくからびた刈株をわたッて烈しく吹きつける野分に催されて、そりかえッた細かな落ち葉があわただしく起き上がり、林に沿うた往来を横ぎって、自分の側を駈け通ッた、のらに向かッて壁のようにたつ林の…

武蔵野(11/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (668字。目安の読了時間:2分) なかば黄いろくなかば緑な林の中に歩いていると、澄みわたった大空が梢々の隙間からのぞかれて日の光は風に動く葉末葉末に砕け、その美しさいいつくされず。 日光とか碓氷とか、天下の名所はともかく、武蔵野…

武蔵野(11/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (668字。目安の読了時間:2分) なかば黄いろくなかば緑な林の中に歩いていると、澄みわたった大空が梢々の隙間からのぞかれて日の光は風に動く葉末葉末に砕け、その美しさいいつくされず。 日光とか碓氷とか、天下の名所はともかく、武蔵野…

武蔵野(10/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (635字。目安の読了時間:2分) 自分がかつて北海道の深林で時雨に逢ったことがある、これはまた人跡絶無の大森林であるからその趣はさらに深いが、その代り、武蔵野の時雨のさらに人なつかしく、私語くがごとき趣はない。 秋の中ごろから冬…

武蔵野(9/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (564字。目安の読了時間:2分) 鳥の羽音、囀る声。 風のそよぐ、鳴る、うそぶく、叫ぶ声。 叢の蔭、林の奥にすだく虫の音。 空車荷車の林を廻り、坂を下り、野路を横ぎる響。 蹄で落葉を蹶散らす音、これは騎兵演習の斥候か、さなくば夫婦…

武蔵野(9/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (564字。目安の読了時間:2分) 鳥の羽音、囀る声。 風のそよぐ、鳴る、うそぶく、叫ぶ声。 叢の蔭、林の奥にすだく虫の音。 空車荷車の林を廻り、坂を下り、野路を横ぎる響。 蹄で落葉を蹶散らす音、これは騎兵演習の斥候か、さなくば夫婦…

武蔵野(8/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (638字。目安の読了時間:2分) …りおり日の光りが今ま雨に濡れたばかりの細枝の繁みを漏れて滑りながらに脱けてくるのをあびては、キラキラときらめいた」 すなわちこれはツルゲーネフの書きたるものを二葉亭が訳して「あいびき」と題した…

武蔵野(7/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (695字。目安の読了時間:2分) それは春先する、おもしろそうな、笑うようなさざめきでもなく、夏のゆるやかなそよぎでもなく、永たらしい話し声でもなく、また末の秋のおどおどした、うそさぶそうなお饒舌りでもなかったが、ただようやく…

武蔵野(6/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (680字。目安の読了時間:2分) すなわち木はおもに楢の類いで冬はことごとく落葉し、春は滴るばかりの新緑萌え出ずるその変化が秩父嶺以東十数里の野いっせいに行なわれて、春夏秋冬を通じ霞に雨に月に風に霧に時雨に雪に、緑蔭に紅葉に、…

武蔵野(5/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (586字。目安の読了時間:2分) しばらくして薄雲かかり日光寒し」 同二十二日――「雪初めて降る」 三十年一月十三日――「夜更けぬ。風死し林黙す。雪しきりに降る。燈をかかげて戸外をうかがう、降雪火影にきらめきて舞う。ああ武蔵野沈黙す…