2019-02-01から1ヶ月間の記事一覧
(309字。目安の読了時間:1分) 苦から救ってやろうと思って命を絶った。 それが罪であろうか。 殺したのは罪に相違ない。 しかしそれが苦から救うためであったと思うと、そこに疑いが生じて、どうしても解けぬのである。 庄兵衛の心の中には、いろいろに考…
(379字。目安の読了時間:1分) これは半年ほどの間、当時の事を幾たびも思い浮かべてみたのと、役場で問われ、町奉行所で調べられるそのたびごとに、注意に注意を加えてさらってみさせられたのとのためである。 庄兵衛はその場の様子を目のあたり見るよう…
いつもブンゴウメールをご利用いただきありがとうございます。 現在ベータ版で公開している有料版「ブンゴウメールPRO」の、新機能追加 & 正式リリースについてのお知らせです! =============================== 【1】 新機能「ストリーミング」チャネル =…
(386字。目安の読了時間:1分) わたくしは剃刀を握ったまま、ばあさんのはいって来てまた駆け出して行ったのを、ぼんやりして見ておりました。ばあさんが行ってしまってから、気がついて弟を見ますと、弟はもう息が切れておりました。傷口からはたいそうな…
(385字。目安の読了時間:1分) わたくしは剃刀の柄をしっかり握って、ずっと引きました。この時わたくしの内から締めておいた表口の戸をあけて、近所のばあさんがはいって来ました。留守の間、弟に薬を飲ませたり何かしてくれるように、わたくしの頼んでお…
(358字。目安の読了時間:1分) わたくしの頭の中では、なんだかこう車の輪のような物がぐるぐる回っているようでございましたが、弟の目は恐ろしい催促をやめません。それにその目の恨めしそうなのがだんだん険しくなって来て、とうとう敵の顔をでもにらむ…
(463字。目安の読了時間:1分) わたくしはなんと言おうにも、声が出ませんので、黙って弟の喉の傷をのぞいて見ますと、なんでも右の手に剃刀を持って、横に笛を切ったが、それでは死に切れなかったので、そのまま剃刀を、えぐるように深く突っ込んだものと…
(注意) 本日の配信には一部残酷な描写・流血表現等が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ============================================== (370字。目安の読了時間:1分) ようよう物が言えるようになったのでございます。『すまない。どうぞ堪忍し…
(346字。目安の読了時間:1分) わたくしはびっくりいたして、手に持っていた竹の皮包みや何かを、そこへおっぽり出して、そばへ行って『どうしたどうした』と申しました。すると弟はまっ青な顔の、両方の頬(ほお)からあごへかけて血に染まったのをあげて…
(463字。目安の読了時間:1分) 初めはちょうど軒下に生まれた犬の子にふびんを掛けるように町内の人たちがお恵みくださいますので、近所じゅうの走り使いなどをいたして、飢え凍えもせずに、育ちました。次第に大きくなりまして職を捜しますにも、なるたけ…
(333字。目安の読了時間:1分) 「いろいろの事を聞くようだが、お前が今度島へやられるのは、人をあやめたからだという事だ。おれについでにそのわけを話して聞せてくれぬか。」 喜助はひどく恐れ入った様子で、「かしこまりました」と言って、小声で話し…
(353字。目安の読了時間:1分) 庄兵衛は今さらのように驚異の目をみはって喜助を見た。 この時庄兵衛は空を仰いでいる喜助の頭から毫光がさすように思った。 ―――――――――――――――― 庄兵衛は喜助の顔をまもりつつまた、「喜助さん」と呼びかけた。 今度は「さん…
(363字。目安の読了時間:1分) しかしそれはうそである。 よしや自分が一人者であったとしても、どうも喜助のような心持ちにはなられそうにない。 この根底はもっと深いところにあるようだと、庄兵衛は思った。 庄兵衛はただ漠然と、人の一生というような…
(335字。目安の読了時間:1分) 自分の扶持米で立ててゆく暮らしは、おりおり足らぬことがあるにしても、たいてい出納が合っている。 手いっぱいの生活である。 しかるにそこに満足を覚えたことはほとんどない。 常は幸いとも不幸とも感ぜずに過ごしている…
(379字。目安の読了時間:1分) さて桁を違えて考えてみれば、鳥目二百文をでも、喜助がそれを貯蓄と見て喜んでいるのに無理はない。 その心持ちはこっちから察してやることができる。 しかしいかに桁を違えて考えてみても、不思議なのは喜助の欲のないこと…
(445字。目安の読了時間:1分) 庄兵衛は五節句だと言っては、里方から物をもらい、子供の七五三の祝いだと言っては、里方から子供に衣類をもらうのでさえ、心苦しく思っているのだから、暮らしの穴をうめてもらったのに気がついては、いい顔はしない。 格…
(399字。目安の読了時間:1分) 平生人には吝嗇(りんしょく)と言われるほどの、倹約な生活をしていて、衣類は自分が役目のために着るもののほか、寝巻しかこしらえぬくらいにしている。 しかし不幸な事には、妻をいい身代の商人の家から迎えた。 そこで女…
(339字。目安の読了時間:1分) お足を自分の物にして持っているということは、わたくしにとっては、これが始めでございます。島へ行ってみますまでは、どんな仕事ができるかわかりませんが、わたくしはこの二百文を島でする仕事の本手にしようと楽しんでお…
(339字。目安の読了時間:1分) お足を自分の物にして持っているということは、わたくしにとっては、これが始めでございます。島へ行ってみますまでは、どんな仕事ができるかわかりませんが、わたくしはこの二百文を島でする仕事の本手にしようと楽しんでお…
(426字。目安の読了時間:1分) 「お恥ずかしい事を申し上げなくてはなりませぬが、わたくしは今日まで二百文というお足を、こうしてふところに入れて持っていたことはございませぬ。どこかで仕事に取りつきたいと思って、仕事を尋ねて歩きまして、それが見…
(348字。目安の読了時間:1分) そのいろとおっしゃる所に落ち着いていることができますのが、まず何よりもありがたい事でございます。それにわたくしはこんなにかよわいからだではございますが、ついぞ病気をいたしたことはございませんから、島へ行ってか…
(382字。目安の読了時間:1分) いったいお前はどう思っているのだい。」 喜助はにっこり笑った。 「御親切におっしゃってくだすって、ありがとうございます。なるほど島へゆくということは、ほかの人には悲しい事でございましょう。その心持ちはわたくしに…
(349字。目安の読了時間:1分) 「はい」と言ってあたりを見回した喜助は、何事をかお役人に見とがめられたのではないかと気づかうらしく、居ずまいを直して庄兵衛の気色を伺った。 庄兵衛は自分が突然問いを発した動機を明かして、役目を離れた応対を求め…
(389字。目安の読了時間:1分) 罪は弟を殺したのだそうだが、よしやその弟が悪いやつで、それをどんなゆきがかりになって殺したにせよ、人の情としていい心持ちはせぬはずである。 この色の青いやせ男が、その人の情というものが全く欠けているほどの、世…
(376字。目安の読了時間:1分) その額は晴れやかで目にはかすかなかがやきがある。 庄兵衛はまともには見ていぬが、始終喜助の顔から目を離さずにいる。 そして不思議だ、不思議だと、心の内で繰り返している。 それは喜助の顔が縦から見ても、横から見て…
(373字。目安の読了時間:1分) しかもそれが、罪人の間に往々見受けるような、温順を装って権勢に媚(こ)びる態度ではない。 庄兵衛は不思議に思った。 そして舟に乗ってからも、単に役目の表で見張っているばかりでなく、絶えず喜助の挙動に、細かい注意…
(354字。目安の読了時間:1分) たぶん江戸で白河楽翁侯が政柄を執っていた寛政のころででもあっただろう。 智恩院の桜が入相の鐘に散る春の夕べに、これまで類のない、珍しい罪人が高瀬舟に載せられた。 それは名を喜助と言って、三十歳ばかりになる、住所…
(375字。目安の読了時間:1分) 所詮町奉行の白州で、表向きの口供を聞いたり、役所の机の上で、口書を読んだりする役人の夢にもうかがうことのできぬ境遇である。 同心を勤める人にも、いろいろの性質があるから、この時ただうるさいと思って、耳をおおい…
(350字。目安の読了時間:1分) 高瀬舟に乗る罪人の過半は、いわゆる心得違いのために、思わぬ科を犯した人であった。 有りふれた例をあげてみれば、当時相対死と言った情死をはかって、相手の女を殺して、自分だけ生き残った男というような類である。 そう…
(365字。目安の読了時間:1分) 高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である。 徳川時代に京都の罪人が遠島を申し渡されると、本人の親類が牢屋敷へ呼び出されて、そこで暇乞いをすることを許された。 それから罪人は高瀬舟に載せられて、大阪へ回されること…