ブンゴウメール公式ブログ

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2019-09-01から1ヶ月間の記事一覧

老妓抄(30/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (593字。目安の読了時間:2分) 遠慮のない相手に向って放つその声には自分が世話をしている青年の手前勝手を詰る激しい鋭さが、発声口から聴話器を握っている自分の手に伝わるまでに響いたが、彼女の心の中は不安な脅えがやや情緒的に醗酵…

老妓抄(29/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (621字。目安の読了時間:2分) 「おっかさんまた柚木さんが逃げ出してよ」 運動服を着た養女のみち子が、蔵の入口に立ってそう云った。 自分の感情はそっちのけに、養母が動揺するのを気味よしとする皮肉なところがあった。 「ゆんべもおと…

老妓抄(28/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (562字。目安の読了時間:2分) こういう自然の間に静思して考えを纏めようということなど、彼には今までについぞなかったことだ。 体のよいためか、ここへ来ると、新鮮な魚はうまく、潮を浴びることは快かった。 しきりに哄笑が内部から湧…

老妓抄(27/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (593字。目安の読了時間:2分) それは彼女に出来なかったことを自分にさせようとしているのだ。 しかし、彼女が彼女に出来なくて自分にさせようとしていることなぞは、彼女とて自分とて、またいかに運の籤のよきものを抽いた人間とて、現実…

老妓抄(26/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (547字。目安の読了時間:2分) 「そのもしやもだね」 本当に性が合って、心の底から惚れ合うというのなら、それは自分も大賛成なのである。 「けれども、もし、お互いが切れっぱしだけの惚れ合い方で、ただ何かの拍子で出来合うということ…

老妓抄(25/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (546字。目安の読了時間:2分) みち子はついに何ものかを柚木から読み取った。 普段「男は案外臆病なものだ」と養母の言った言葉がふと思い出された。 立派な一人前の男が、そんなことで臆病と戦っているのかと思うと、彼女は柚木が人のよ…

老妓抄(24/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (628字。目安の読了時間:2分) 彼は自分でも、自分が今、しかかる素振りに驚きつつ、彼は権威者のように「出せと云ったら、出さないか」と体を嵩張らせて、のそのそとみち子に向って行った。 自分の一生を小さい陥穽に嵌め込んでしまう危険…

老妓抄(23/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (583字。目安の読了時間:2分) それでは自分の一生も案外小ぢんまりした平凡に規定されてしまう寂寞の感じはあったが、しかし、また何かそうなってみての上のことでなければ判らない不明な珍らしい未来の想像が、現在の自分の心情を牽きつ…

老妓抄(22/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (638字。目安の読了時間:2分) 彼女は茶の間の四畳半と工房が座敷の中に仕切って拵えてある十二畳の客座敷との襖を開けると、そこの敷居の上に立った。 片手を柱に凭せ体を少し捻って嬌態を見せ、片手を拡げた袖の下に入れて、写真を撮ると…

老妓抄(21/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (541字。目安の読了時間:2分) 蒔田の狭い二階で、注文先からの設計の予算表を造っていると、子供が代る代る来て、頸筋が赤く腫れるほど取りついた。 小さい口から嘗めかけの飴玉を取出して、涎の糸をひいたまま自分の口に押し込んだりした…

老妓抄(20/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (613字。目安の読了時間:2分) 「あの子も、おつな真似をすることを、ちょんぼり覚えたね」 柚木にはだんだん老妓のすることが判らなくなった。 むかしの男たちへの罪滅しのために若いものの世話でもして気を取直すつもりかと思っていたが…

老妓抄(19/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (562字。目安の読了時間:2分) そういう場合、未成熟の娘の心身から、利かん気を僅かに絞り出す、病鶏のささ身ほどの肉感的な匂いが、柚木には妙に感覚にこたえて、思わず肺の底へ息を吸わした。 だが、それは刹那的のものだった。 心に打…

ブンゴウメールPRO版 サービス終了のお知らせ

(このメールはブンゴウメールPROにご登録いただいた方にお送りしております) いつもブンゴウメールPROをご利用ありがとうございます。 大変残念なお知らせですが、11月末をもってブンゴウメールPROのサービスを一旦終了することとなりました。以下詳細をお…

老妓抄(18/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (630字。目安の読了時間:2分) 「いつ死のうかと逢う度毎に相談しながら、のびのびになっているうちに、ある日川の向うに心中態の土左衛門が流れて来たのだよ。人だかりの間から熟々眺めて来て男は云ったのさ。心中ってものも、あれはざま…

老妓抄(17/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (608字。目安の読了時間:2分) 顔は少し横向きになっていたので、厚く白粉をつけて、白いエナメルほど照りを持つ頬から中高の鼻が彫刻のようにはっきり見えた。 老妓は船の中の仕切りに腰かけていて、帯の間から煙草入れとライターを取出し…

老妓抄(16/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (607字。目安の読了時間:2分) 生れてこんなこと始めてだ」 「麦とろの食べ過ぎかね」老妓は柚木がよく近所の麦飯ととろろを看板にしている店から、それを取寄せて食べるのを知っているものだから、こうまぜっかえしたが、すぐ真面目になり…

老妓抄(15/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (646字。目安の読了時間:2分) 「おまえさんは、この頃、どうかおしかえ」 と老妓はしばらく柚木をじろじろ見ながらいった。 「いいえさ、勉強しろとか、早く成功しろとか、そんなことをいうんじゃないよ。まあ、魚にしたら、いきが悪くな…

老妓抄(14/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (556字。目安の読了時間:2分) …中の皺を足の裏へ、括って溜めているという評判だが、あんたなんかまだその必要はなさそうだなあ」 老妓の眼はぎろりと光ったが、すぐ微笑して 「あたしかい、さあ、もうだいぶ年越の豆の数も殖えたから、前…

老妓抄(13/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (672字。目安の読了時間:2分) そしてそれだけで自分の慰楽は充分満足だった。 柚木は二三度職業仲間に誘われて、女道楽をしたこともあるが、売もの、買いもの以上に求める気は起らず、それより、早く気儘の出来る自分の家へ帰って、のびの…

老妓抄(12/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (570字。目安の読了時間:2分) 実際専門家から見ればいいものなのだが、一向社会に行われない結構な発明があるかと思えば、ちょっとした思付きのもので、非常に当ることもある。 発明にはスペキュレーションを伴うということも、柚木は兼ね…

老妓抄(11/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (575字。目安の読了時間:2分) …は二三度膝を上げ下げしたが 「結婚適齢期にしちゃあ、情操のカンカンが足りないね」 「そんなことはなくってよ、学校で操行点はAだったわよ」 みち子は柚木のいう情操という言葉の意味をわざと違えて取っ…

老妓抄(11/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (575字。目安の読了時間:2分) …は二三度膝を上げ下げしたが 「結婚適齢期にしちゃあ、情操のカンカンが足りないね」 「そんなことはなくってよ、学校で操行点はAだったわよ」 みち子は柚木のいう情操という言葉の意味をわざと違えて取っ…

老妓抄(10/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (737字。目安の読了時間:2分) 「でも、男があんまり細かいことに気のつくのは偉くなれない性分じゃないのかい」 「僕だって、根からこんな性分でもなさそうだが、自然と慣らされてしまったのだね。ちっとでも自分にだらしがないところが眼…

老妓抄(9/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (603字。目安の読了時間:2分) 生れて始めて、日々の糧の心配なく、専心に書物の中のことと、実験室の成績と突き合せながら、使える部分を自分の工夫の中へ鞣し取って、世の中にないものを創り出して行こうとする静かで足取りの確かな生活…

老妓抄(8/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (691字。目安の読了時間:2分) 「なら、早くそれをやればいいじゃないか」 柚木は老妓の顔を見上げたが 「やればいいじゃないかって、そう事が簡単に……(柚木はここで舌打をした)だから君たちは遊び女といわれるんだ」 「いやそうでないね…

老妓抄(8/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (691字。目安の読了時間:2分) 「なら、早くそれをやればいいじゃないか」 柚木は老妓の顔を見上げたが 「やればいいじゃないかって、そう事が簡単に……(柚木はここで舌打をした)だから君たちは遊び女といわれるんだ」 「いやそうでないね…

老妓抄(7/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (532字。目安の読了時間:2分) 名前は柚木といった。 快活で事もなげな青年で、家の中を見廻しながら「芸者屋にしちゃあ、三味線がないなあ」などと云った。 度々来ているうち、その事もなげな様子と、それから人の気先を[#「気先を」は…

老妓抄(6/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (562字。目安の読了時間:2分) 水を口から注ぎ込むとたちまち湯になって栓口から出るギザーや、煙管の先で圧すと、すぐ種火が点じて煙草に燃えつく電気莨盆や、それらを使いながら、彼女の心は新鮮に慄えるのだった。 「まるで生きものだね…

老妓抄(5/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (716字。目安の読了時間:2分) 芸者屋をしている表店と彼女の住っている裏の蔵附の座敷とは隔離してしまって、しもたや風の出入口を別に露地から表通りへつけるように造作したのも、その現われの一つであるし、遠縁の子供を貰って、養女に…

老妓抄(4/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (605字。目安の読了時間:2分) おまえさんたち」と小そのは総てを語ったのちにいう、「何人男を代えてもつづまるところ、たった一人の男を求めているに過ぎないのだね。いまこうやって思い出して見て、この男、あの男と部分々々に牽かれる…