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2021-06-01から1ヶ月間の記事一覧

二銭銅貨(30/30)

(633字。目安の読了時間:2分)それは、私も松村と同様に、頭のよさについて、私の優越を示す様な材料が掴(つか)み度いと、日頃から熱望していたからであった。 あのぎこちない暗号文は、勿論私の作ったものであった。併し、私は松村の様に外国の暗号史に…

二銭銅貨(29/30)

(634字。目安の読了時間:2分) 松村はそれを信ぜぬように、幾度も幾度も見直していた。そうしている内に、彼の顔からは、あの笑いの影がすっかり消去って了った。そして、後には深い深い沈黙が残った。私は済まぬという心持で一杯であった。私は、私の遣り…

二銭銅貨(28/30)

(618字。目安の読了時間:2分)誰かの悪戯だという意味ではないだろうか」 松村は物をも云わずに立上った。そして、五万円の札束だと信じ切っている所の、かの風呂敷包を私の前へ持って来た。「だが、この大事実をどうする。五万円という金は、小説の中から…

二銭銅貨(27/30)

(595字。目安の読了時間:2分)そして、一寸変なものにぶっつかった様な顔をして云った。「君、どうしたんだ」 私はやっと笑いを噛み殺してそれに答えた。「君の想像力は実にすばらしい。よくこれ丈けの大仕事をやった。俺はきっと今迄の数倍も君の頭を尊敬…

二銭銅貨(26/30)

(652字。目安の読了時間:2分)――案の定印刷屋は、金のことなんかは一言も云わないで、品物を渡して呉れたよ。――かようにして、まんまと首尾よく五万円を横取りした訳さ。……さてその使途だ。どうだ。何か、考はないかね」 松村が、これ程興奮して、これ程雄…

二銭銅貨(25/30)

(622字。目安の読了時間:2分)というのは、この俺が受取に行ったという痕跡を、少しだって残してはならないんだ。 もしそれが分ろうものなら、あの恐ろしい悪人がどんな復讐をするか、思った丈けで気の弱い俺はゾッとするからね。兎に角、出来る丈け俺でな…

二銭銅貨(24/30)

(671字。目安の読了時間:2分)衆人の目の前に曝(さら)して置いて、しかも誰もがそれに気づかないという様な隠し方が最も安全なんだ。 恐るべきあいつは、この点に気づいたんだ。と、想像するのだがね。で、玩具の紙幣という巧妙なトリックを考え出した。…

二銭銅貨(23/30)

(636字。目安の読了時間:2分)「今、南無阿弥陀仏を、左から始めて、三字ずつ二行に並べれば、この点字と同じ配列になる。南無阿弥陀仏の一字ずつが、点字の各々の一点に符合する訳だ。そうすれば、点字のアは南、イは南無という工合に当嵌めることが出来…

二銭銅貨(22/30)

(679字。目安の読了時間:2分) さて、こいつを解く方法だが、これが英語か仏蘭西語か独逸語なら、ポオの Gold bug にある様にeを探しさえすれば訳はないんだが、困ったことに、こいつは日本語に相違ないんだ。念の為に一寸ポオ式のディシファリングを試み…

二銭銅貨(21/30)

(610字。目安の読了時間:2分)(Dancing Men 参照) で、俺は、俺の知っている限りの暗号記法を、一つ一つ頭に浮べて見た。そして、この紙片れの奴に似ているのを探した。随分手間取った。確か、その時君が飯屋へ行くことを勧めたっけ。俺はそれを断って一…

二銭銅貨(20/30)

(645字。目安の読了時間:2分)そこで、彼奴には、あの金を保管させる所の、手下乃至は相棒といった様なものがあるに相違ない。今仮にだ、彼奴が不意の捕縛の為に、五万円の隠し場所を相棒に知らせる暇がなかったとしたらどうだ。彼奴としては、未決監に居…

二銭銅貨(19/30)

(654字。目安の読了時間:2分)…弥陀仏、弥、南阿陀、無阿弥、南陀仏、南阿弥陀、阿陀、南弥、南無弥仏、無阿弥陀、南無弥陀、南弥、南無弥仏、無阿弥陀、南無陀、南無阿、阿陀仏、無阿弥、南阿、南阿仏、陀、南阿陀、南無、無弥仏、南弥仏、阿弥、弥、無弥…

二銭銅貨(18/30)

(756字。目安の読了時間:2分)見給えこれだ」 彼は、机の抽斗から、その二銭銅貨を取出して、丁度、宝丹の容器を開ける様に、ネジを廻しながら、上下に開いた。「これ、ね、中が空虚になっている。銅貨で作った何かの容器なんだ。なんと精巧な細工じゃない…

二銭銅貨(17/30)

(720字。目安の読了時間:2分)少くとも、君の頭よりは、俺の頭の方が優れているということじゃないかね」 二人の多少知識的な青年が、一間の内に生活していれば、其処に、頭のよさについての競争が行われるのは、至極あたり前のことであった。松村武と私と…

二銭銅貨(16/30)

(666字。目安の読了時間:2分)仮令このまま我々が頂戴して置いた所で、誰が疑うものか、我々にしたって、五千円よりは五万円の方が有難いではないか。 それよりも恐しいのは、彼奴、紳士泥坊の復讐である。こいつが恐しい。刑期の延びるのを犠牲にしてまで…

二銭銅貨(15/30)

(595字。目安の読了時間:2分)俺はどこの番頭さんかと思った」「シッ、シッ、大きな声だなあ」松村は両手で抑えつける様な恰好をして、囁(ささや)く様な小声で、「大変なお土産を持って来たよ」 というのである。「君はこんなに早く、どっかへ行って来た…

二銭銅貨(14/30)

(681字。目安の読了時間:2分)私は、松村のこの不思議な挙動については、読者にはまだ明してない所の、私丈けの深い興味を持っていた。それ故、彼に十円という、当時の私共に取っては、全財産の半分であったところの大金を与えることに、少しも異議を唱え…

二銭銅貨(13/30)

(638字。目安の読了時間:2分)彼は、この二枚の紙片れを、熱心に比較研究している様であった。そして、鉛筆を以て、新聞紙の余白に、何か書いては消し、書いては消していた。 そんなことをしている間に、電燈が点いたり、表通りを豆腐屋のラッパが通過ぎた…

二銭銅貨(12/30)

(638字。目安の読了時間:2分)そこで、まだ狂気じみた歩行を続けている松村に、飯屋に行かぬかと勧めて見た所が、「済まないが、君一人で行って呉れ」という返事だ。仕方なく、私はその通りにした。 さて、満腹した私が、飯屋から帰って来ると、なんと珍ら…

二銭銅貨(11/30)

(684字。目安の読了時間:2分)ところで君が詳しいというのなら、も少しあの煙草屋のことを話さないか」「ウン、話してもいい。爺さんと婆さんとの間に一人の娘がある。俺は一度か二度その娘を見かけたが、そう悪くない容色だぜ。それがなんでも、監獄の差…

二銭銅貨(10/30)

(657字。目安の読了時間:2分) ある日のこと、いい心持に※(ゆだ)って、銭湯から帰って来た私が、傷だらけの、毀れかかった一閑張の机の前に、ドッカと坐った時、一人残っていた松村武が、妙な、一種の興奮した様な顔付を以て、私にこんなことを聞いたの…

二銭銅貨(9/30)

(694字。目安の読了時間:2分)そこで、工場の当の責任者たる支配人は、その金を発見したものには、発見額の一割の賞を懸けるということを発表した。つまり五千円の懸賞である。 これからお話しようとする、松村武と私自身とに関する、一寸興味のある物語は…

二銭銅貨(8/30)

(639字。目安の読了時間:2分)一寸見ると普通のモーニングだが、実は手品使いの服の様に、附けられる丈けの隠し袋が附いているんです。五万円位の金を隠すのは訳はありません。支那人の手品使いは、大きな、水の這入った丼鉢でさえからだの中へ隠すではあ…

二銭銅貨(7/30)

(709字。目安の読了時間:2分) ところが愈々最終という日になって、今もお話した様に、偶然にも、飯田橋附近の一軒の旅館の前で、同じ吸殻を発見して、実は、あてずっぽうに、その旅館に探りを入れて見たのであるが、それがなんと僥倖(ぎょうこう)にも、…

二銭銅貨(6/30)

(638字。目安の読了時間:2分)というのは、その旅館の前の、下水の蓋を兼ねた、御影石の敷石の上に、余程注意深い人でなければ、眼にとまらない様な、一つの煙草の吸殻が落ちていた。そして、何んと、それが刑事の探し廻っていた所の埃及煙草と同じもので…

二銭銅貨(5/30)

(656字。目安の読了時間:2分) 斯様にして、一週間は過ぎたけれども賊は挙がらない。もう絶望かと思われた。彼の泥坊が、何か他の罪をでも犯して挙げられるのを待つより外はないかと思われた。工場の事務所からは、其筋の怠慢を責める様に、毎日毎日警察署…

二銭銅貨(4/30)

(643字。目安の読了時間:2分)そこで、警察へ電話をかけるやら、賃銀支払を延す訳には行かぬので、銀行へ改めて二十円札と十円札の準備を頼むやら、大変な騒ぎになったのである。 彼の新聞記者と自称して、お人よしの支配人に無駄な議論をさせた男は、実に…

二銭銅貨(3/30)

(740字。目安の読了時間:2分) 支配人は、無作法な奴だ位で、別に気にもとめないで、丁度昼食の時間だったので、食堂へと出掛けて行ったが、暫くすると近所の洋食屋から取ったビフテキか何かを頬張っていた所の支配人の前へ、会計主任の男が、顔色を変えて…

二銭銅貨(2/30)

(653字。目安の読了時間:2分)のみならず、新聞記者を相手に、法螺を吹いたり、自分の話が何々氏談などとして、新聞に載せられたりすることは、大人気ないとは思いながら、誰しも悪い気持はしないものである。社会部記者と称する男は、寧ろ快く支配人の部…

二銭銅貨(1/30)

(653字。目安の読了時間:2分)上「あの泥坊が羨しい」二人の間にこんな言葉が交される程、其頃は窮迫していた。 場末の貧弱な下駄屋の二階の、ただ一間しかない六畳に、一閑張りの破れ机を二つ並べて、松村武とこの私とが、変な空想ばかり逞(たくま)しゅ…