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【ブンゴウメール】河童 (17/31)

(1372字。目安の読了時間:3分)

 

「では何を恐れているのだ?」

「何か正体の知れないものを、――言わばロックを支配している星 を。」

「どうも僕には腑(ふ)に落ちないがね。」

「ではこう言えばわかるだろう。ロックは僕の影響を受けない。が 、僕はいつの間にかロックの影響を受けてしまうのだ。」

「それは君の感受性の……。」

「まあ、聞きたまえ。感受性などの問題ではない。ロックはいつも 安んじてあいつだけにできる仕事をしている。しかし僕はいらいら するのだ。それはロックの目から見れば、あるいは一歩の差かもし れない。けれども僕には十哩(マイル)も違うのだ。」

「しかし先生の英雄曲は……」

 クラバックは細い目をいっそう細め、いまいましそうにラップをに らみつけました。


「黙りたまえ。君などに何がわかる? 僕はロックを知っているのだ。ロックに平身低頭する犬どもよりも ロックを知っているのだ。」

「まあ少し静かにしたまえ。」

「もし静かにしていられるならば、……僕はいつもこう思っている 。――僕らの知らない何ものかは僕を、―― クラバックをあざけるためにロックを僕の前に立たせたのだ。哲学 者のマッグはこういうことをなにもかも承知している。いつもあの 色硝子(いろガラス)のランタアンの下に古ぼけた本ばかり読んで いるくせに。」

「どうして?」

「この近ごろマッグの書いた『阿呆(あほう)の言葉』という本を 見たまえ。――」

 クラバックは僕に一冊の本を渡す――というよりも投げつけました 。
それからまた腕を組んだまま、突けんどんにこう言い放ちました。


「じゃきょうは失敬しよう。」

 僕はしょげ返ったラップといっしょにもう一度往来へ出ることにし ました。
人通りの多い往来は相変わらず毛生欅の並み木のかげにいろいろの 店を並べています。
僕らはなんということもなしに黙って歩いてゆきました。
するとそこへ通りかかったのは髪の長い詩人のトックです。
トックは僕らの顔を見ると、腹の袋から手巾(ハンケチ)を出し、 何度も額をぬぐいました。


「やあ、しばらく会わなかったね。僕はきょうは久しぶりにクラバ ックを尋ねようと思うのだが、……」

 僕はこの芸術家たちを喧嘩(けんか)させては悪いと思い、クラバ ックのいかにも不機嫌だったことを婉曲にトックに話しました。


「そうか。じゃやめにしよう。なにしろクラバックは神経衰弱だか らね。……僕もこの二三週間は眠られないのに弱っているのだ。」

「どうだね、僕らといっしょに散歩をしては?」

「いや、きょうはやめにしよう。おや!」

 トックはこう叫ぶが早いか、しっかり僕の腕をつかみました。
しかもいつか体中に冷汗を流しているのです。


「どうしたのだ?」

「どうしたのです?」

「なにあの自動車の窓の中から緑いろの猿が一匹首を出したように 見えたのだよ。」

 僕は多少心配になり、とにかくあの医者のチャックに診察してもら うように勧めました。
しかしトックはなんと言っても、承知する気色さえ見せません。
のみならず何か疑わしそうに僕らの顔を見比べながら、こんなこと さえ言い出すのです。

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