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【ブンゴウメール】河童 (20/31)

(1384字。目安の読了時間:3分)

 

「しかし僕の万年筆を盗んだのは……」

「子どもの玩具にするためだったのでしょう。けれどもその子ども は死んでいるのです。もし何か御不審だったら、 刑法千二百八十五条をお調べなさい。」

 巡査はこう言いすてたなり、さっさとどこかへ行ってしまいました 。
僕はしかたがありませんから、「刑法千二百八十五条」を口の中に 繰り返し、マッグの家へ急いでゆきました。
哲学者のマッグは客好きです。
現にきょうも薄暗い部屋には裁判官のペップや医者のチャックや硝 子(ガラス)会社の社長のゲエルなどが集まり、七色の色硝子のラ ンタアンの下に煙草の煙を立ち昇らせていました。
そこに裁判官のペップが来ていたのは何よりも僕には好つごうです 。
僕は椅子にかけるが早いか、刑法第千二百八十五条を検べる代わり にさっそくペップへ問いかけました。


「ペップ君、はなはだ失礼ですが、この国では罪人を罰しないので すか?」

 ペップは金口の煙草の煙をまず悠々と吹き上げてから、いかにもつ まらなそうに返事をしました。


「罰しますとも。死刑さえ行なわれるくらいですからね。」

「しかし僕は一月ばかり前に、……」

 僕は委細を話した後、例の刑法千二百八十五条のことを尋ねてみま した。


「ふむ、それはこういうのです。――『いかなる犯罪を行ないたり といえども、該犯罪を行なわしめたる事情の消失したる後は該犯罪 者を処罰することを得ず』つまりあなたの場合で言えば、その河童 はかつては親だったのですが、今はもう親ではありませんから、 犯罪も自然と消滅するのです。」

「それはどうも不合理ですね。」

「常談を言ってはいけません。親だった河童も親である河童も同一 に見るのこそ不合理です。そうそう、 日本の法律では同一に見ることになっているのですね。それはどう も我々には滑稽です。ふふふふふふふふふふ。」

 ペップは巻煙草をほうり出しながら、気のない薄笑いをもらしてい ました。
そこへ口を出したのは法律には縁の遠いチャックです。
チャックはちょっと鼻目金を直し、こう僕に質問しました。


「日本にも死刑はありますか?」

「ありますとも。日本では絞罪です。」

 僕は冷然と構えこんだペップに多少反感を感じていましたから、こ の機会に皮肉を浴びせてやりました。


「この国の死刑は日本よりも文明的にできているでしょうね?」

「それはもちろん文明的です。」

 ペップはやはり落ち着いていました。


「この国では絞罪などは用いません。まれには電気を用いることも あります。しかしたいていは電気も用いません。ただその犯罪の名 を言って聞かせるだけです。」

「それだけで河童は死ぬのですか?」

「死にますとも。我々河童の神経作用はあなたがたのよりも微妙で すからね。」

「それは死刑ばかりではありません。殺人にもその手を使うのがあ ります――」

 社長のゲエルは色硝子(いろガラス)の光に顔中紫に染まりながら 、人なつこい笑顔をして見せました。


「わたしはこの間もある社会主義者に『貴様は盗人だ』と言われた ために心臓痲痺を[#「痲痺を」は底本では「痳痺を」] 起こしかかったものです。」

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