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【ブンゴウメール】河童 (25/31)

(1383字。目安の読了時間:3分)

轢死する人足の心もちをはっきり知っていた詩人です。しかしそれ以上の説明はあなたには不必要に違いありません。では五番目の龕の中をごらんください。――」 「これはワグネルではありませんか?」 「そうです。国王の友だちだった革命家です。聖徒ワグネルは晩年には食前の祈祷さえしていました。しかしもちろん基督教よりも生活教の信徒のひとりだったのです。ワグネルの残した手紙によれば、娑婆苦は何度この聖徒を死の前に駆りやったかわかりません。」  僕らはもうその時には第六の龕(がん)の前に立っていました。 「これは聖徒ストリントベリイの友だちです。子どもの大勢ある細君の代わりに十三四のクイティの女をめとった商売人上がりの仏蘭西(フランス)の画家です。この聖徒は太い血管の中に水夫の血を流していました。が、唇をごらんなさい。砒素か何かの痕が残っています。第七の龕の中にあるのは……もうあなたはお疲れでしょう。ではどうかこちらへおいでください。」  僕は実際疲れていましたから、ラップといっしょに長老に従い、香の匂いのする廊下伝いにある部屋へはいりました。 そのまた小さい部屋の隅には黒いヴェヌスの像の下に山葡萄が一ふさ献じてあるのです。 僕はなんの装飾もない僧房を想像していただけにちょっと意外に感じました。 すると長老は僕の容子にこういう気もちを感じたとみえ、僕らに椅子を薦める前に半ば気の毒そうに説明しました。 「どうか我々の宗教の生活教であることを忘れずにください。我々の神、――『生命の樹』の教えは『旺盛に生きよ』というのですから。……ラップさん、あなたはこのかたに我々の聖書をごらんにいれましたか?」 「いえ、……実はわたし自身もほとんど読んだことはないのです。」  ラップは頭の皿を掻(か)きながら、正直にこう返事をしました。 が、長老は相変わらず静かに微笑して話しつづけました。 「それではおわかりなりますまい。我々の神は一日のうちにこの世界を造りました。(『生命の樹』は樹というものの、成しあたわないことはないのです。)のみならず雌の河童を造りました。すると雌の河童は退屈のあまり、雄の河童を求めました。我々の神はこの嘆きを憐(あわ)れみ、雌の河童の脳髄を取り、雄の河童を造りました。我々の神はこの二匹の河童に『食えよ、交合せよ、旺盛に生きよ』という祝福を与えました。……」  僕は長老の言葉のうちに詩人のトックを思い出しました。 詩人のトックは不幸にも僕のように無神論者です。 僕は河童ではありませんから、生活教を知らなかったのも無理はありません。 けれども河童の国に生まれたトックはもちろん「生命の樹」を知っていたはずです。 僕はこの教えに従わなかったトックの最後を憐れみましたから、長老の言葉をさえぎるようにトックのことを話し出しました。 「ああ、あの気の毒な詩人ですね。」  長老は僕の話を聞き、深い息をもらしました。 「我々の運命を定めるものは信仰と境遇と偶然とだけです。(もっともあなたがたはそのほかに遺伝をお数えなさるでしょう。)トックさんは不幸にも信仰をお持ちにならなかったのです。」 「トックはあなたをうらやんでいたでしょう。

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