【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (10/31)
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額全体が余程古いものらしく、背景の泥絵具は所々はげ落ていたし、娘の緋鹿の子も、老人の天鵞絨も、見る影もなく色あせていたけれど、はげ落ち色あせたなりに、名状し難き毒々しさを保ち、ギラギラと、見る者の眼底に焼つく様な生気を持っていたことも、不思議と云えば不思議であった。
だが、私の「奇妙」という意味はそれでもない。
それは、若し強て云うならば、押絵の人物が二つとも、生きていたことである。
文楽の人形芝居で、一日の演技の内に、たった一度か二度、それもほんの一瞬間、名人の使っている人形が、ふと神の息吹をかけられでもした様に、本当に生きていることがあるものだが、この押絵の人物は、その生きた瞬間の人形を、命の逃げ出す隙を与えず、咄嗟(とっさ)の間に、そのまま板にはりつけたという感じで、永遠に生きながらえているかと見えたのである。
私の表情に驚きの色を見て取ったからか、老人は、いとたのもしげな口調で、殆(ほとん)ど叫ぶ様に、
「アア、あなたは分って下さるかも知れません」
と云いながら、肩から下げていた、黒革のケースを、叮嚀に鍵で開いて、その中から、いとも古風な双眼鏡を取り出してそれを私の方へ差出すのであった。
「コレ、この遠眼鏡で一度御覧下さいませ。イエ、そこからでは近すぎます。失礼ですが、もう少しあちらの方から。左様丁度その辺がようございましょう」
誠に異様な頼みではあったけれど、私は限りなき好奇心のとりことなって、老人の云うがままに、席を立って額から五六歩遠ざかった。
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