【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (16/31)
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当時にしちゃあ、随分高いお金を払ったと申して居りましたっけ」
老人は「兄が」と云うたびに、まるでそこにその人が坐ってでもいる様に、押絵の老人の方に目をやったり、指さしたりした。
老人は彼の記憶にある本当の兄と、その押絵の白髪の老人とを、混同して、押絵が生きて彼の話を聞いてでもいる様な、すぐ側に第三者を意識した様な話し方をした。
だが、不思議なことに、私はそれを少しもおかしいとは感じなかった。
私達はその瞬間、自然の法則を超越した、我々の世界とどこかで喰違っている処の、別の世界に住んでいたらしいのである。
「あなたは、十二階へ御昇りなすったことがおありですか。
アア、おありなさらない。
それは残念ですね。
あれは一体どこの魔法使が建てましたものか、実に途方もない、変てこれんな代物でございましたよ。
表面は伊太利(イタリー)の技師のバルトンと申すものが設計したことになっていましたがね。
まあ考えて御覧なさい。
その頃の浅草公園と云えば、名物が先ず蜘蛛男の見世物、娘剣舞に、玉乗り、源水の独楽廻しに、覗きからくりなどで、せいぜい変った所が、お富士さまの作り物に、メーズと云って、八陣隠れ杉の見世物位でございましたからね。
そこへあなた、ニョキニョキと、まあ飛んでもない高い煉瓦造りの塔が出来ちまったんですから、驚くじゃござんせんか。
高さが四十六間と申しますから、半丁の余で、八角型の頂上が、唐人の帽子みたいに、とんがっていて、ちょっと高台へ昇りさえすれば、東京中どこからでも、その赤いお化が見られたものです。
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