【ブンゴウメール】人間椅子 (16/31)
(616字。目安の読了時間:2分)
私はもう、余りの恐ろしさに、椅子の中の暗闇で、堅く堅く身を縮めて、わきの下からは、冷い汗をタラタラ流しながら、思考力もなにも失って了って、ただもう、ボンヤリしていたことでございます。
その男を手始めに、その日一日、私の膝の上には、色々な人が入り替り立替り、腰を下しました。
そして、誰も、私がそこにいることを――彼等が柔いクッションだと信じ切っているものが、実は私という人間の、血の通った太腿であるということを――少しも悟らなかったのでございます。
まっ暗で、身動きも出来ない革張りの中の天地。
それがまあどれ程、怪しくも魅力ある世界でございましょう。
そこでは、人間というものが、日頃目で見ている、あの人間とは、全然別な不思議な生きものとして感ぜられます。
彼等は声と、鼻息と、跫音と、衣ずれの音と、そして、幾つかの丸々とした弾力に富む肉塊に過ぎないのでございます。
私は、彼等の一人一人を、その容貌の代りに、肌触りによって識別することが出来ます。
あるものは、デブデブと肥え太って、腐った肴(さかな)の様な感触を与えます。
それとは正反対に、あるものは、コチコチに痩せひからびて、骸骨のような感じが致します。
その外、背骨の曲り方、肩胛骨の開き工合、腕の長さ、太腿の太さ、或は尾骨の長短など、それらの凡ての点を綜合して見ますと、どんな似寄った背恰好の人でも、どこか違った所があります。
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