【ブンゴウメール】風琴と魚の町 (13/30)
(667字。目安の読了時間:2分)
母は、私が大きい声で、すらすらと本を読む事が、自慢ででもあるのであろう。
「ふん、そうかや」と、度々優しく返事をした。
「百姓は馬鹿だな、尺取虫に土瓶を引っかけるてかい?」
「尺取虫が木の枝のごつあるからじゃろ」
「どぎゃん虫かなア」
「田舎へ行くとよくある虫じゃ」
「ふん、長いとじゃろ?」
「蚕のごつある」
「お父さん、ほんまに見たとか?」
「ほんまよ」
汚点だらけな壁に童子のような私の影が黒く写った。
風が吹き込むたび、洋燈(ランプ)のホヤの先きが燃え上って、誰か「雨が近い」と云いながら町を通っている。
「まあ、こんな臭か部屋、なんぼうにきめなはった?」
「泊るだけでよかもの、六拾銭たい」
「たまげたなア、旅はむごいものじゃ」
あんまり静かなので、波の音が腹に這入って来るようだ。
蒲団は一組で三枚、私はいつものように、読本を持ったまま、沈黙って裾へはいって横になった。
「おッ母さん! もう晩な、何も食わんとかい?」
「もう、何ちゃいらんとッ、蒲団にはいったら、寝ないかんとッ」
「うどんば、食べたじゃろが? 白か銭ばたくさん持っちょって、何も買うてやらんげに思うちょるが、宿屋も払うし、薬の問屋へも払うてしまえば、あの白か銭は、のうなってしまうがの、早よ寝て、早よ起きい、朝いなったら、白かまんまいっぱい食べさすッでなア」
座蒲団を二つに折って私の裾にさしあってはいると、父はこう云った。
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