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桜の森の満開の下(20/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(625字。目安の読了時間:2分)

水干をきた跣足の家来はたいがいふるまい酒に顔を赤くして威張りちらして歩いて行きました。

彼はマヌケだのバカだのノロマだのと市でも路上でもお寺の庭でも怒鳴られました。

それでもうそれぐらいのことには腹が立たなくなっていました。

 男は何よりも退屈に苦しみました。

人間共というものは退屈なものだ、と彼はつくづく思いました。

彼はつまり人間がうるさいのでした。

大きな犬が歩いていると、小さな犬が吠えます。

男は吠えられる犬のようなものでした。

彼はひがんだり嫉んだりすねたり考えたりすることが嫌いでした。

山の獣や樹や川や鳥はうるさくはなかったがな、と彼は思いました。

「都は退屈なところだなア」と彼はビッコの女に言いました。

「お前は山へ帰りたいと思わないか」

「私は都は退屈ではないからね」

 とビッコの女は答えました。

ビッコの女は一日中料理をこしらえ洗濯し近所の人達とお喋りしていました。

「都ではお喋りができるから退屈しないよ。私は山は退屈で嫌いさ」

「お前はお喋りが退屈でないのか」

「あたりまえさ。誰だって喋っていれば退屈しないものだよ」

「俺は喋れば喋るほど退屈するのになあ」

「お前は喋らないから退屈なのさ」

「そんなことがあるものか。喋ると退屈するから喋らないのだ」

「でも喋ってごらんよ。きっと退屈を忘れるから」

「何を」

「何でも喋りたいことをさ」

「喋りたいことなんかあるものか」

 男はいまいましがってアクビをしました。

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