犬を連れた奥さん(5/30) - ブンゴウメール
ブンゴウメール
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グーロフは、自分がモスクヴァの者で、大学は文科を出たけれど現在銀行に勤めていることや、いつぞや民間のオペラで歌の練習生になったこともあるが中途でやめにしたこと、モスクヴァに家作が二軒あること……そんな話をした。
いっぽう女からは、彼女がペテルブルグで生い立ったこと、しかし嫁いだ先はS市で、そこにもう二年も暮していること、ヤールタにはまだひと月ほど滞在の予定なこと、良人も息抜きをしたがっているから多分あとからやって来るだろうこと、そんな話を聞き出した。
彼女は自分の良人がどこに勤めているのか――県庁なのか、それとも県会の方なのかがどうしても説明がつかず、それを自分で可笑しがっていた。
グーロフはまた、彼女がアンナ・セルゲーヴナという名前だということも知った。
やがてホテルの自分の部屋に帰ってから、彼は彼女のことを考えて、明日もきっとあの女はひょっくり自分と行き逢うにちがいないと思った。
そう来なければ嘘だ。
寝床にはいる段になって彼はふと、あの女がついこの間まではまだ女学生で、ちょうど自分の娘が今やっているようなことを習っていたのだとあらためて思い返したり、そうかと思うとまた、彼女の笑い方や未知の男との話しぶりには、おずおずした角のとれない様子がまだ多分にあるのを思い出し、――てっきりあの女は生まれて初めてこんな環境、というのはみんなが自分をつけまわしたり、じろじろ眺めたり、言葉を交わしたりするのも元はといえば唯ひとつ、彼女もそれと感づかずにはいられないある種の思惑からばっかりだといった環境に、一人ぼっちで置かれたに相違あるまいとも考えた。
彼はまた、女の細っそりした繊弱そうな頸筋や、美しい灰色の眼を思い浮かべた。
『それにしても、あの女には何かこういじらしいところがあるわい』と彼はふと思って、そのまま眠りに落ちて行った。
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