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犬を連れた奥さん(8/30) - ブンゴウメール

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(832字。目安の読了時間:2分)

かと思えばまた――例えば彼の妻のように、その愛し方たるやさっぱり実意の伴わぬ、ごてごてと御託ばかりたっぷりな、変に気どった、ヒステリックなものであるくせに、さもさもこれは色恋などといった沙汰ではない、何かもっと意味深長なことなのですよと言わんばかりの顔をする連中もある。

それからまた、非常な美人で、冷やかでいながら、時としてその面上に、人生の与え得るかぎりを超えてもっとたくさん取りたい、引っつかみたいといった片意地な欲望が、そういった貪婪きわまる表情が、さっと閃めく二、三の女。

これはもう若盛りを過ぎた、むら気で無分別で権柄がましい、いささか智慧の足りない連中で、グーロフは恋が冷めだすにつれて相手の美しさがかえって鼻について厭でならず、そうなるとその肌着のレース飾りまでがなんだか鱗みたいな気がするのだった。

 ところが今度は、いつまで待っても依然として、初心な若さにつきものの遠慮がちな角ばった様子やぎごちのない気持が取れず、こっちから見ていると、まるで誰かに突然扉をノックされでもしたような当惑といった感じであった。

アンナ・セルゲーヴナ、つまりこの『犬を連れた奥さん』は、もちあがった事に対して何かしら特別な、ひどく深刻な、――打ち見たところまるでわが身の堕落にでも対するような態度をとっていて、それがいかにも奇態で場ちがいだった。

彼女はがっかり気落ちのした凋れた顔つきになって、顔の両側には長い髪の毛が悲しげに垂れさがって、鬱々とした姿勢で思い沈んでいるところは、昔の画にある*罪の女にそっくりだった。

「いけませんわ」と彼女は言った。

「今じゃあなたが一番わたしを尊敬して下さらない方ですわ」

 部屋のテーブルのうえに西瓜があった。

グーロフは一きれ切って、ゆっくりと食べはじめた。

沈黙のうちに少なくも半時間は過ぎた。

 アンナ・セルゲーヴナの様子は見る眼もいじらしく、その身からは、しつけのいい純真な世慣れない女性の清らかさが息吹いていた。

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