犬を連れた奥さん(9/30) - ブンゴウメール
ブンゴウメール
(780字。目安の読了時間:2分)
アンナ・セルゲーヴナの様子は見る眼もいじらしく、その身からは、しつけのいい純真な世慣れない女性の清らかさが息吹いていた。
蝋燭がたった一本テーブルのうえに燃えて、おぼろげに彼女の顔を照らしているだけだったが、その気持の引き立たないことは見てとれた。
「君を尊敬しなくなるなんて、そんな真似がどうして僕にできるだろう?」とグーロフは聞き返した。
「君は自分が何を言ってるのか自分でも分からないのさ」
「神様、お赦し下さいまし!」と言った彼女の眼は、涙でいっぱいになった。
「ほんとに怖ろしいことですわ」
「まるで言いわけでもしているみたいだなあ」
「なんでわたしに言いわけなんぞができましょう? 私はわるい卑しい女ですもの。自分を蔑みこそすれ、言いわけしようなんて考えても見ませんわ。わたしは良人をだましたのじゃなくって、この自分をだましたのです。それも今に始まったことじゃなくって、もうずっと前からのことなんです。わたしの良人は、そりゃ正直でいい人間かも知れません。けれど、あの人と来たらまったくの従僕なんですの! わたくし、あの人がお役所でどんな仕事をしているか、どんな勤めぶりをしているかは存じません。ただあの人が従僕根性なことだけは知っていますわ。わたしがあの人のところへ嫁いだのは二十の年でした。わたしは好奇心でもって苦しいほどいっぱいで、何かましなことがしたくてなりませんでした。だって御覧、もっと別の生活があるじゃないか――って、わたしは自分に言い言いしました。面白可笑しい暮しがしたかったの! 生きて生きて生き抜きたかったの……。わたしは好奇心で胸が燃えるようでしたの……こんな気持はあなたには分かっていただけますまいけれど、本当に私はもう自分で自分の治まりがつかなくなって、頭がどうかしてしまって、なんとしても抑えようがなくなってしまったの。
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