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老妓抄(9/30) - ブンゴウメール

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(603字。目安の読了時間:2分)

生れて始めて、日々の糧の心配なく、専心に書物の中のことと、実験室の成績と突き合せながら、使える部分を自分の工夫の中へ鞣し取って、世の中にないものを創り出して行こうとする静かで足取りの確かな生活は幸福だった。

柚木は自分ながら壮躯と思われる身体に、麻布のブルーズを着て、頭を鏝で縮らし、椅子に斜に倚って、煙草を燻ゆらしている自分の姿を、柱かけの鏡の中に見て、前とは別人のように思い、また若き発明家に相応わしいものに自分ながら思った。

工房の外は廻り縁になっていて、矩形の細長い庭には植木も少しはあった。

彼は仕事に疲れると、この縁へ出て仰向けに寝転び、都会の少し淀んだ青空を眺めながら、いろいろの空想をまどろみの夢に移し入れた。

 小そのは四五日目毎に見舞って来た。

ずらりと家の中を見廻して、暮しに不自由そうな部分を憶えて置いて、あとで自宅のものの誰かに運ばせた。

「あんたは若い人にしちゃ世話のかからない人だね。いつも家の中はきちんとしているし、よごれ物一つ溜めてないね」

「そりゃそうさ。母親が早く亡くなっちゃったから、あかんぼのうちから襁褓を自分で洗濯して、自分で当てがった」

 老妓は「まさか」と笑ったが、悲しい顔付きになって、こう云った。

「でも、男があんまり細かいことに気のつくのは偉くなれない性分じゃないのかい」

「僕だって、根からこんな性分でもなさそうだが、自然と慣らされてしまったのだね。

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