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老妓抄(27/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(593字。目安の読了時間:2分)

それは彼女に出来なかったことを自分にさせようとしているのだ。

しかし、彼女が彼女に出来なくて自分にさせようとしていることなぞは、彼女とて自分とて、またいかに運の籤のよきものを抽いた人間とて、現実では出来ない相談のものなのではあるまいか。

現実というものは、切れ端は与えるが、全部はいつも眼の前にちらつかせて次々と人間を釣って行くものではなかろうか。

 自分はいつでも、そのことについては諦めることが出来る。

しかし彼女は諦めということを知らない。

その点彼女に不敏なところがあるようだ。

だがある場合には不敏なものの方に強味がある。

 たいへんな老女がいたものだ、と柚木は驚いた。

何だか甲羅を経て化けかかっているようにも思われた。

悲壮な感じにも衝たれたが、また、自分が無謀なその企てに捲き込まれる嫌な気持ちもあった。

出来ることなら老女が自分を乗せかけている果しも知らぬエスカレーターから免れて、つんもりした手製の羽根蒲団のような生活の中に潜り込みたいものだと思った。

彼はそういう考えを裁くために、東京から汽車で二時間ほどで行ける海岸の旅館へ来た。

そこは蒔田の兄が経営している旅館で、蒔田に頼まれて電気装置を見廻りに来てやったことがある。

広い海を控え雲の往来の絶え間ない山があった。

こういう自然の間に静思して考えを纏めようということなど、彼には今までについぞなかったことだ。

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