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老妓抄(28/30) - ブンゴウメール

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(562字。目安の読了時間:2分)

こういう自然の間に静思して考えを纏めようということなど、彼には今までについぞなかったことだ。

 体のよいためか、ここへ来ると、新鮮な魚はうまく、潮を浴びることは快かった。

しきりに哄笑が内部から湧き上って来た。

 第一にそういう無限な憧憬にひかれている老女がそれを意識しないで、刻々のちまちました生活をしているのがおかしかった。

それからある種の動物は、ただその周囲の地上に圏の筋をひかれただけで、それを越し得ないというそれのように、柚木はここへ来ても老妓の雰囲気から脱し得られない自分がおかしかった。

その中に籠められているときは重苦しく退屈だが、離れるとなると寂しくなる。

それ故に、自然と探し出して貰いたい底心の上に、判り易い旅先を選んで脱走の形式を採っている自分の現状がおかしかった。

 みち子との関係もおかしかった。

何が何やら判らないで、一度稲妻のように掠れ合った。

 滞在一週間ほどすると、電気器具店の蒔田が、老妓から頼まれて、金を持って迎えに来た。

蒔田は「面白くないこともあるだろう。早く収入の道を講じて独立するんだね」と云った。

 柚木は連れられて帰った。

しかし、彼はこの後、たびたび出奔癖がついた。

「おっかさんまた柚木さんが逃げ出してよ」

 運動服を着た養女のみち子が、蔵の入口に立ってそう云った。

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