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機械(17/30)

(748字。目安の読了時間:2分)

すると細君は、お金をとったのはあなただぐらいのことはいくら寝坊の私だって知っているのだ。
盗るのならもっと上手にとって貰いたいと澄ましていうと主人は一層大きな声で面白そうに笑い続けた。
それでは昨夜主婦の部屋へ這入っていったのは屋敷ではなく主人だったのかと気がついたのだがいくらいつも金銭を持たされないからといって夜中自分の細君の枕もとの財布を狙って忍び込む主人も主人だと思いながら私もおかしくなり、暗室から出て来たのもそれではあなたかと主人に訊くと、いやそれは知らぬと主人はいう。
では暗室から出て来たのだけは矢張り屋敷であろうかそれともその部分だけは夢なのであろうかとまた私は迷い出した。
しかし、主婦の部屋へ這入り込んだ男が屋敷でなくて主人だということだけは確に現実だったのだから暗室から出て来た屋敷の姿も全然夢だとばかりも思えなくなって来て、一度消えた屋敷への疑いも反対にまただんだん深くすすんで来た。
しかし、そういう疑いというものはひとり疑っていたのでは結局自分自身を疑っていくだけなので何の役にもたたなくなるのは分っているのだ。
それより直接屋敷に訊ねて見れば分るのだが、もし訊ねてそれが本当に屋敷だったら屋敷の困るのも決っている。
この場合私が屋敷を困らしてみたところで別に私の得になるではなしといって捨てておくには事件は興味があり過ぎて惜しいのだ。
だいいち暗室の中には私の苦心を重ねた蒼鉛と珪酸ジルコニウムの化合物や、主人の得意とする無定形セレニウムの赤色塗の秘法が化学方程式となって隠されているのである。
それを知られてしまえばここの製作所にとっては莫大な損失であるばかりではない、私にしたっていままでの秘密は秘密ではなくなって生活の面白さがなくなるのだ。

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