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機械(30/30)

(782字。目安の読了時間:2分)

そうして私が屋敷を殺害するのなら酒を飲ましておいてその上重クロム酸アンモニアを飲ますより仕方がないと思ったことさえあることから考えても、彼もそのように一度は思ったにちがいないであろうから。
だが、酒に酔っていたのは私と屋敷だけではなくて軽部とて同様に酔っていたのだから彼がその劇薬を屋敷に飲まそうなどとしたのではないであろう。
よしたとえ日頃考えていたことが無意識に酔の中に働いて彼が屋敷に重クロム酸アンモニアを飲ましたのだとするならそれなら或いは屋敷にそれを飲ましたのは同様な理由によって私かもしれないのだ。
いや、全く私とて彼を殺さなかったとどうして断言することが出来るであろう。
軽部より誰よりもいつも一番屋敷を恐れたものは私ではなかったか。
日夜彼のいる限り彼の暗室へ忍び込むのを一番注意して眺めていたのは私ではなかったか。
いやそれより私の発見しつつある蒼鉛と珪酸ジルコニウムの化合物に関する方程式を盗まれたと思い込みいつも一番激しく彼を怨んでいたのは私ではなかったか。
そうだ。
もしかすると屋敷を殺害したのは私かもしれぬのだ。
私は重クロム酸アンモニアの置き場を一番良く心得ていたのである。
私は酔いの廻らぬまでは屋敷が明日からどこへいってどんなことをするのか彼の自由になってからの行動ばかりが気になってならなかったのである。
しかも彼を生かしておいて損をするのは軽部よりも私ではなかったか。
いや、もう私の頭もいつの間にか主人の頭のように早や塩化鉄に侵されてしまっているのではなかろうか。
私はもう私が分らなくなって来た。
私はただ近づいて来る機械の鋭い先尖がじりじり私を狙っているのを感じるだけだ。
誰かもう私に代って私を審いてくれ。
私が何をして来たかそんなことを私に聞いたって私の知っていよう筈がないのだから。

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