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麦藁帽子(30/31)

(656字。目安の読了時間:2分)

しかし私は、そんな周囲の生き生きとした光景のおかげで、まるでお前たちとキャンプ生活でもしているかのように、ひとりでに心が浮き立った。
 私はお前たちと、その天幕の片隅に、一塊りに重なり合いながら、横になった。
寝返りを打つと、私の頭はかならず誰かの頭にぶつかった。
そうして私たちは、いつまでも寝つかれなかった。
ときおり、かなり大きな余震があった。
そうかと思うと、誰かが急に笑い出したような泣き方をした。
……すこしうとうとと眠ってから、ふと目をさますと、誰だか知らない、寝みだれた女の髪の毛が、私の頬(ほお)に触っているのに気がついた。
私はゆめうつつに、そのうっすらした香りをかいだ。
その香りは、私の鼻先きの髪の毛からというよりも、私の記憶の中から、うっすら浮んでくるように見えた。
それは匂いのしないお前の匂いだ。
太陽のにおいだ。
麦藁帽子のにおいだ。
……私は眠ったふりをして、その髪の毛のなかに私の頬を埋めていた。
お前はじっと動かずにいた。
お前も眠ったふりをしていたのか?
 早朝、私の父の到着の知らせが私たちを目覚ませた。
私の母は私の父からはぐれていた。
そうしていまだにその行方が分らなかった。
私の家の近くの土手へ避難した者は、一人残らず川へ飛び込んだから、ことによるとその川に溺れているのかも知れない。
……
 そういう父の悲しい物語を聞いているうち、私は漸くはっきり目をさましながら、いつのまにか、こっそり涙を流している自分に気がついた。

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