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秘密(22/30)

(576字。目安の読了時間:2分)

しめっぽい匂いのする幌(ほろ)の上へ、ぱらぱらと雨の注ぐ音がする。
疑いもなく私の隣りには女が一人乗って居る。
お白粉の薫りと暖かい体温が、幌の名へ蒸すように罩(こも)っていた。
轅(かじ)を上げた俥は、方向を晦(くら)ます為めに一つ所をくるくると二三度廻って走り出したが、右へ曲り、左へ折れ、どうかすると Labyrinth の中をうろついて居るようであった。
時々電車通りへ出たり、小さな橋を渡ったりした。
長い間、そうして俥に揺られて居た。
隣りに並んでいる女は勿論T女であろうが、黙って身じろぎもせずに腰かけている。
多分私の眼隠しが厳格に守られるか否かを監督する為めに同乗して居るものらしい。
しかし、私は他人の監督がなくても、決してこの眼かくしを取り外す気はなかった。
海の上で知り合いになった夢のような女、大雨の晩の幌の中、夜の都会の秘密、盲目、沈黙―――凡べての物が一つになって、渾然たるミステリーの靄(もや)の裡(うち)に私を投げ込んで了って居る。
やがて女は固く結んだ私の唇を分けて、口の中へ巻煙草を挿し込んだ。
そうしてマッチを擦って火をつけてくれた。
一時間程経って、漸く俥は停った。
再びざらざらした男の手が私を導きながら狭そうな路次を二三間行くと、裏木戸のようなものをギーと開けて家の中へ連れて行った。

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