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秘密(26/30)

(576字。目安の読了時間:2分)

「そうなれば、あたしはもう『夢の中の女』ではありません。あなたは私を恋して居るよりも、夢の中の女を恋して居るのですもの。」
いろいろに言葉を尽して頼んだが、私は何と云っても聴き入れなかった。
「仕方がない、そんなら見せて上げましょう。………その代り一寸ですよ。」
女は嘆息するように云って、力なく眼かくしの布を取りながら、
「此処が何処だか判りますか。」
と、心許ない顔つきをした。
美しく晴れ渡った空の地色は、妙に黒ずんで星が一面にきらきらと輝き、白い霞(かすみ)のような天の川が果てから果てへ流れている。
狭い道路の両側には商店が軒を並べて、燈火の光が賑やかに町を照らしていた。
不思議な事には、可なり繁華な通りであるらしいのに、私はそれが何処の街であるか、さっぱり見当が附かなかった。
俥はどんどんその通りを走って、やがて一二町先の突き当りの正面に、精美堂と大きく書いた印形屋の看板が見え出した。
私が看板の横に書いてある細い文字の町名番地を、俥の上で遠くから覗(のぞ)き込むようにすると、女は忽(たちま)ち気が附いたか、
「あれッ」
と云って、再び私の眼を塞いで了った。


賑やかな商店の多い小路で突きあたりに印形屋の看板の見える街、―――どう考えて見ても、私は今迄通ったことのない往来の一つに違いないと思った。

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