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父帰る(5/15)

(595字。目安の読了時間:2分)

同じ町へ帰ったら自分の生れた家に帰らんことはないけにのう。
賢一郎 しかし、お父さんは家の敷居はちょっと越せないやろう。
母   私はもう死んだと思うとんや、家出してから二十年になるんやけえ。
新二郎 いつか、岡山で会った人があるというんでしょう。
母   あれも、もう十年も前のことじゃ。
久保の忠太さんが岡山へ行った時、家のお父さんが、獅子や虎の動物を連れて興行しとったとかで、忠太さんを料理屋へ呼んで御馳走をして家の様子をきいたんやて。
その時は金時計を帯にさげたり、絹物ずくめでえらい勢いであったいうとった。
それからはなんの音沙汰もないんや。
あれは戦争のあった明くる年やけに、もう十二、三年になるのう。
新二郎 お父さんはなかなか変っとったんやな。
母   若い時から家の学問はせんで、山師のようなことが好きであったんや。
あんなに借金ができたのも道楽ばっかりではないんや。
支那へ千金丹を売り出すとかいうて損をしたんや。
賢一郎 (やや不快な表情をして)おたあさんお飯を食べましょう。
母   ああそうやそうや。
つい忘れとった。
(台所の方へ立って行く、姿は見えずに)杉田さんが見たというのもなんぞの間違いやろ。
生きとったら年が年やけに、はがきの一本でもよこすやろ。

賢一郎 (やや真面目に)杉田さんがその男に会うたのは何日のことや。

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