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断腸亭日乗(19/30)

(658字。目安の読了時間:2分)

唖々子暴飲泥酔例によつて例の如し。
この夜寿美子を招ぎしが来らず。
興味忽索然たり。
寿美子さして絶世の美人といふほどにはあらず、されど眉濃く黒目勝の眼ぱつちりとしたるさま、何となくイスパニヤの女を思出さしむる顔立なり。
予この頃何事につけても再び日本を去りたき思ひ禁ずべからず。
同じく病みて路傍に死するならば、南欧の都市をさまよひ地中海のほとりの土になりたし。
晩餐を食し唖々子と土橋際にて別れ電車に乗る。
曾て新橋巴家へ出入せし呉服屋井筒屋の番頭に逢ふ。
予が現在身につけたる袷もたしか此の番頭の持来りし品なり。
徃事茫々都て夢の如し。
呵々。
十月六日。
空くもりて秋の庭しづかなり。
終日虫鳴きしきりて歇まず。
芒花風になびき鵙始めて啼く。
旧友坂井清君夫人同道にて来訪せらる。
十月八日。
雨始めて晴る。
読書執筆共に倦まず。
十月九日。
余今日まで男物のお召縮緬及び大島紬を嫌ひて着ざりしが、近年糸織または※[#「くさかんむり/即」、U+83AD、40-14]糸などの縞柄よきもの殆見当らざるにより、已むことを得ず試に薩摩縞お召の袷を新調す。
着て見れば思ひしほどにはにやけて見えず。
時のはやりは不思議なものなり。
三十間堀春日にて昼餉をなし夕刻新富座楽屋に松莚子を訪ふ。
この日風冷なり。
十月十日。
花月原稿執筆。
黄昏雨あり虫の音少くなりぬ。
十月十二日。
※。
左眼を病む。
十月十三日。
新冨町の妓両三人を携へて新冨座を見る。

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