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みずうみ(24/31)

(611字。目安の読了時間:2分)

そしてやっと口をひらくと言った。
「わたし最うすっかり退窟してしまいましたの。何一つおもしろいこともございませんし……。」
 父親は苦笑した。
そしてまじまじと娘の顔をながめると、思い切ったように言った。
「お前がわたしだちのそばを離れてしまったら、そんなに退窟はしなくなるだろう、けれどもわたしはお前をはなさない――。」
「なぜ?」
 母親は父の顔を見てそういうと父はしょぼしょぼした目で寂しそうに、こんどは娘の方をながめた。
「お父さま御自身が寂しくなるからでしょう。ねえ、母さま、そうじゃないんでしょうか。」
 眠元朗は心で、全くそれにちがいない、おれは娘を人にわたすことができない、と、呟いて見たが、なぜかいまわしい感じが滓(かす)のように残った。
「そうね、しかしお父さまはどう思っていらっしゃるのか――。」
 女は眠元朗をちらりと見た。
眠元朗は全く明瞭すぎるくらい明らかな寂漠しい風表に佇(た)っているような顔をしていた。
――しかしかれは黙ってむしろ気難しそうに口をゆがめて返事をしなかった。
「わたしたちはみんな面白くなくて、そしてみんな退窟をしているんでしょうね。いつまでもそれが癒らない間は、こうして居なければならないんでしょうね。」
 女はひとり言のようにそういうと、むっつりした夫と、まだ夢のような目付で、父と母とを眺めている娘とを見た。
が、誰も何も言わなかった。

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