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みずうみ(28/31)

(631字。目安の読了時間:2分)

そしてお父さんの何んであるかということ、又お父さんがお前がいなくなったあとを考えてみてくれ。もう分ったろうね。」
 娘はそのまんまるい目を父の目に向けた。
そのまんまるさは次第に大きくはなったが、しかし輪廓をぼやけさせてゆがんで、それを持ちこらえられなくなって、いきなり飛びついて悲しげに甲斐絹のような柔い長い声で欷(すす)り泣いた。
その泣くたびに苦しそうにもがいて父の胸を突き突きしていた。
「わたしどこへも行きはしません。きっときっと行きはしません。」
 娘はそういうとなお吃(しゃく)り泣いて、父の肩にかけた手にちからを込めて、抱きついた。
が、眠元朗は娘がそう遣ったときから、忘失してしまったようにからだ全体に重々しい倦(だ)るい悲哀をかんじた。
かれは先刻とは反対に物言おうとしなかった。
――かれは嘘と真実とで娘の心を又ひん曲げてしまった。
おれは何という下らない自分ひとりよがりを考えている父親だろうと思った。
かれはかれの考えていることの嘘だらけなのに忌々しがって、そこらに大声挙げて何か正実な言葉をかたりたい気がした。
「お父さま、わたしがわるうございましたから勘忍してくださいな。もうもうあんなことを言わないようにいたしますから――ねえ、どうかもとのお父さまになってくださいまし。お願いでございますから。」
 眠元朗はあわてて娘の手をとって、その手を合そうとするのをほつれさせ、そうして悲しげに何度も吃(ども)った。

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