ブンゴウメール公式ブログ

青空文庫の作品を1ヶ月で読めるように毎日小分けでメール配信してくれるサービス「ブンゴウメール」のブログです

幸福への意志(17/30)

(603字。目安の読了時間:2分)

どこかでたったひとりで死のうとして、いっさいから逃れ去ったのである。
そうとも、たしかに死ぬために違いない。
なぜなら、こうなった以上、もう二度と彼に逢わぬだろうということは、僕にとっては、すでに悲しい見込みになってしまったからである。
 この不治の病にかかっている人間が、あの若い娘を、音立てぬ、火を吐くような、燃えるばかり肉感的な情熱で――その少年期の、同じ種類の最初の衝動に釣り合った情熱で恋しているのは、明らかなことではないか。
病人の自主的な本能は、花咲くような健康と合一したい欲望を、彼のうちにあおり立てていた。
この熱望がみたされぬために、それは彼の最後の生活力を、瞬時に消耗してしまうに違いないではないか。
 こうして五年経ったが、そのあいだ僕は彼からなんらの消息をも聞かなかった。
といってまた、訃報にも接しなかったのである。
 さて昨年、僕はイタリアに――ロオマとその近郊に滞在していた。
暑い二三カ月を山間ですごした後、九月の末にこの町へ帰って来て、ある暖い晩、カフェエ・アラニョオで一碗の紅茶を飲みながら、坐っていた。
新聞を拾い読みしたり、灯の明るい室内を領している、にぎやかな営みを、ぼんやり眺めたりしていたのである。
客が往来する。
給仕がかけまわる。
そして開け放された方々の扉から、時々、新聞売子の尾を長く引いた呼び声が、広間の中へひびいてくる。

=========================
ハッシュタグ「#ブンゴウメール」をつけて感想をつぶやこう! 
https://bit.ly/3cykT1L

Twitterでみんなの感想を見る:https://goo.gl/rgfoDv
■ブンゴウメール公式サイト:https://bungomail.com
青空文庫でこの作品を読む:https://www.aozora.gr.jp/cards/001758/files/55967_56079.html
■運営へのご支援はこちら: https://www.buymeacoffee.com/bungomail
■月末まで一時的に配信を停止: https://bungomail.com/unsubscribe

-------
配信元: ブンゴウメール編集部
NOT SO BAD, LLC.
Web: https://bungomail.com
配信停止:https://bungomail.com/unsubscribe