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トカトントン(17/31)

(478字。目安の読了時間:1分)

あの、れいの鏡花の小説に出て来る有名な、せりふ、「死んでも、ひとのおもちゃになるな!」と、キザもキザ、それに私のような野暮な田舎者には、とても言い出し得ない台詞ですが、でも私は大まじめに、その一言を言ってやりたくて仕方が無かったんです。
死んでも、ひとのおもちゃになるな、物質がなんだ、金銭がなんだ、と。
 思えば思われるという事は、やっぱり有るものでしょうか。
あれは五月の、なかば過ぎの頃でした。
花江さんは、れいの如く、澄まして局の窓口の向う側にあらわれ、どうぞと言ってお金と通帳を私に差出します。
私は溜息をついてそれを受取り、悲しい気持で汚い紙幣を一枚二枚とかぞえます。
そうして通帳に金額を記入して、黙って花江さんに返してやります。
「五時頃、おひまですか?」
 私は、自分の耳を疑いました。
春の風にたぶらかされているのではないかと思いました。
それほど低く素早い言葉でした。
「おひまでしたら、橋にいらして」
 そう言って、かすかに笑い、すぐにまた澄まして花江さんは立ち去りました。


 私は時計を見ました。

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