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トカトントン(25/31)

(462字。目安の読了時間:1分)

若い女のひとたちも、手に旗を持って労働歌を歌い、私は胸が一ぱいになり、涙が出ました。
ああ、日本が戦争に負けて、よかったのだと思いました。
生れてはじめて、真の自由というものの姿を見た、と思いました。
もしこれが、政治運動や社会運動から生れた子だとしたなら、人間はまず政治思想、社会思想をこそ第一に学ぶべきだと思いました。
 なおも行進を見ているうちに、自分の行くべき一条の光りの路がいよいよ間違い無しに触知せられたような大歓喜の気分になり、涙が気持よく頬を流れて、そうして水にもぐって眼をひらいてみた時のように、あたりの風景がぼんやり緑色に烟(けむ)って、そうしてその薄明の漾々(ようよう)と動いている中を、真紅の旗が燃えている有様を、ああその色を、私はめそめそ泣きながら、死んでも忘れまいと思ったら、トカトントンと遠く幽かに聞えて、もうそれっきりになりました。
 いったい、あの音はなんでしょう。
虚無などと簡単に片づけられそうもないんです。
あのトカトントンの幻聴は、虚無をさえ打ちこわしてしまうのです。

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