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二銭銅貨(4/30)

(643字。目安の読了時間:2分)

そこで、警察へ電話をかけるやら、賃銀支払を延す訳には行かぬので、銀行へ改めて二十円札と十円札の準備を頼むやら、大変な騒ぎになったのである。
 彼の新聞記者と自称して、お人よしの支配人に無駄な議論をさせた男は、実に、当時新聞が、紳士盗賊という尊称を以て書き立てた所の大泥坊であったのだ。
 さて、管轄警察署の司法主任其他が臨検して調べて見ると、手懸りというものが一つもない。
新聞社の名刺まで用意して来る程の賊だから、なかなか一筋繩で行く奴ではない。
遺留品などあろう筈もない。
ただ一つ分っていた事は、支配人の記憶に残っているその男の容貌風采であるが、それが甚だ便りないのである。
というのは、服装などは無論取替えることが出来るし、支配人がこれこそ手懸りだと申出た所の、鼈甲縁の眼鏡にしろ、口髭にしろ、考えて見れば、変装には最もよく使われる手段なのだから、これも当てにはならぬ。
 そこで、仕方がないので、盲目探しに、近所の車夫だとか、煙草屋のお上さんだとか、露天商人などいう連中に、かくかくの風采の男を見かけなかったか、若し見かけたらどの方角へ行ったかと、一々尋ね廻る。
無論市内の各巡査派出所へも、この人相書きが廻(まわ)る。
つまり非常線が張られた訳であるが、何の手ごたえもない。
一日、二日、三日、あらゆる手段が尽された。
各停車場には見張りがつけられた。
各府県の警察署へ依頼の電報が発せられた。
 斯様にして、一週間は過ぎたけれども賊は挙がらない。

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