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機械(3/30)

(792字。目安の読了時間:2分)

ところが私と一緒に働いているここの職人の軽部は私がこの家の仕事の秘密を盗みに這入って来たどこかの間者だと思い込んだのだ。
彼は主人の細君の実家の隣家から来ている男なので何事にでも自由がきくだけにそれだけ主家が第一で、よくある忠実な下僕になりすましてみることが道楽なのだ。
彼は私が棚の毒薬を手に取って眺めているともう眼を光らせて私を見詰めている。
私が暗室の前をうろついているともうかたかたと音を立てて自分がここから見ているぞと知らせてくれる。
全く私にとっては馬鹿馬鹿しい事だが、それでも軽部にしては真剣なんだから無気味である。
彼にとっては活動写真が人生最高の教科書で従って探偵劇が彼には現実とどこも変らぬものに見えているので、このふらりと這入って来た私がそういう彼にはまた好箇の探偵物の材料になって迫っているのも事実なのだ。
殊に軽部は一生この家に勤める決心なばかりではない。
ここの分家としてやがては一人でネームプレート製造所を起そうと思っているだけに自分よりさきに主人の考案した赤色プレート製法の秘密を私に奪われてしまうことは本望ではないにちがいない。
しかし、私にしてみればただこの仕事を覚え込んでおくだけでそれで生涯の活計を立てようなどとは謀んでいるのでは決してないのだが、そんなことをいったって軽部には分るものでもなし、また私がこの仕事を覚え込んでしまったならあるいはひょっこりそれで生計を立てていかぬとも限らぬし、いずれにしても軽部なんかが何を思おうとただ彼をいらいらさせてみるのも彼に人間修養をさせてやるだけだとぐらいに思っておればそれで良ろしい、そう思った私はまるで軽部を眼中におかずにいると、その間に彼の私に対する敵意は急速な調子で進んでいてこの馬鹿がと思っていたのも実は馬鹿なればこそこれは案外馬鹿にはならぬと思わしめるようにまでなって来た。

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機械(2/30)

(878字。目安の読了時間:2分)

全く使い道のない人間というものは誰にも出来かねる箇所だけに不思議に使い道のあるもので、このネームプレート製造所でもいろいろな薬品を使用せねばならぬ仕事の中で私の仕事だけは特に劇薬ばかりで満ちていて、わざわざ使い道のない人間を落し込む穴のように出来上っているのである。
この穴へ落ち込むと金属を腐蝕させる塩化鉄で衣類や皮膚がだんだん役に立たなくなり、臭素の刺戟で咽喉を破壊し夜の睡眠がとれなくなるばかりではなく頭脳の組織が変化して来て視力さえも薄れて来る。
こんな危険な穴の中へは有用な人間が落ち込む筈がないのであるが、この家の主人も若いときに人の出来ないこの仕事を覚え込んだのも恐らく私のように使い道のない人間だったからにちがいないのだ。
しかし、私とてもいつまでもここで片輪になるために愚図ついていたのでは勿論ない。
実は私は九州の造船所から出て来たのだがふと途中の汽車の中で一人の婦人に逢ったのがこの生活の初めなのだ。
婦人はもう五十歳あまりになっていて主人に死なれ家もなければ子供もないので東京の親戚の所で暫く厄介になってから下宿屋でも初めるのだという。
それなら私も職でも見つかればあなたの下宿へ厄介になりたいと冗談のつもりでいうと、それでは自分のこれから行く親戚へ自分といってそこの仕事を手伝わないかとすすめてくれた。
私もまだどこへ勤めるあてとてもないときだしひとつはその婦人の上品な言葉や姿を信用する気になってそのままふらりと婦人と一緒にここの仕事場へ流れ込んで来たのである。
すると、ここの仕事は初めは見た目は楽だがだんだん薬品が労働力を根柢から奪っていくということに気がついた。
それで明日は出よう今日は出ようと思っているうちにふと今迄辛抱したからにはそれではひとつここの仕事の急所を全部覚え込んでからにしようという気にもなって来て自分で危険な仕事の部分に近づくことに興味を持とうとつとめ出した。
ところが私と一緒に働いているここの職人の軽部は私がこの家の仕事の秘密を盗みに這入って来たどこかの間者だと思い込んだのだ。

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機械(1/30)

(749字。目安の読了時間:2分)

 初めの間は私は私の家の主人が狂人ではないのかとときどき思った。
観察しているとまだ三つにもならない彼の子供が彼をいやがるからといって親父をいやがる法があるかといって怒っている。
畳の上をよちよち歩いているその子供がばったり倒れるといきなり自分の細君を殴りつけながらお前が番をしていて子供を倒すということがあるかという。
見ているとまるで喜劇だが本人がそれで正気だから反対にこれは狂人ではないのかと思うのだ。
少し子供が泣きやむともう直ぐ子供を抱きかかえて部屋の中を馳け廻っている四十男。
この主人はそんなに子供のことばかりにかけてそうかというとそうではなく、凡そ何事にでもそれほどな無邪気さを持っているので自然に細君がこの家の中心になって来ているのだ。
家の中の運転が細君を中心にして来ると細君系の人々がそれだけのびのびとなって来るのももっともなことなのだ。
従ってどちらかというと主人の方に関係のある私はこの家の仕事のうちで一番人のいやがることばかりを引き受けねばならぬ結果になっていく。
いやな仕事、それは全くいやな仕事でしかもそのいやな部分を誰か一人がいつもしていなければ家全体の生活が廻らぬという中心的な部分に私がいるので実は家の中心が細君にはなく私にあるのだがそんなことをいったっていやな仕事をする奴は使い道のない奴だからこそだとばかり思っている人間の集りだから黙っているより仕方がないと思っていた。
全く使い道のない人間というものは誰にも出来かねる箇所だけに不思議に使い道のあるもので、このネームプレート製造所でもいろいろな薬品を使用せねばならぬ仕事の中で私の仕事だけは特に劇薬ばかりで満ちていて、わざわざ使い道のない人間を落し込む穴のように出来上っているのである。

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【お知らせ】
6月のブンゴウメールは、横光利一(よこみつ りいち)の『機械』をお送りします。
横光利一は大正から昭和にかけて、川端康成や志賀直哉らと並び活躍した小説家・評論家です。
特にこの『機械』は代表作として高く評価されています。

しばらく児童文学が続いた反動でちょっと渋いセレクトになりました。
慣れないとどう捉えていいか分かりにくいかもしれませんが、あんまり構えずに気軽に読んでみてください。
(どうしても合わなければ月末までお休み機能もありますよ)

それでは、今月もどうぞお楽しみください!

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ジャン・クリストフ(31/31)

(433字。目安の読了時間:1分)

「うまくは書いてあるかも知れないが、何の意味もない。」――彼はいつも、クリストフの家で催おされる小演奏会に出席したがらなかった。
その時の音楽がどんなに立派なものであっても、彼は欠伸をしだし、退屈でぼんやりしてる様子だった。
やがて辛抱出来なくなり、こっそり逃げ出してしまうのだった。
彼はいつもいっていた。
「ねえ、坊や、お前が家の中で書くものは、どれもこれも音楽じゃないよ。家の中の音楽は、部屋の中の太陽と同じだ。音楽は家の外にあるものなんだ、外で神様のさわやかな空気を吸う時なんかに……。」
  あとがき
 クリストフはその後、偉い音楽家になりました。
彼の音楽はいつも、彼の思想や感情をありのままに表現したもので、彼の心とじかにつながってるものでありました。
そして彼がえらい音楽家になったのは、ゆたかな天分と苦しい努力とによるのですが、また幼い時にゴットフリートから受けた教訓は、ふかく心にきざみこまれていて、たいへん彼のためになりました。

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ジャン・クリストフ(30/31)

(510字。目安の読了時間:2分)

ゴットフリートの言葉が胸の奥に刻みこまれていた。
彼は嘘(うそ)をついたのがはずかしかった。
 それで、彼はしつっこく怨んではいたものの、作曲をする時には、今ではいつもゴットフリートのことを考えていた。
そしてしばしば、ゴットフリートがどう思うだろうかと考えると、はずかしくなって、書いたものを破いてしまうこともあった。
そういう気持をおしきって、全く誠実でないとわかっている曲を書くような時には、気をつけてかくしておいた。
どう思われるだろうかとびくびくしていた。
そしてゴットフリートが、「そんなにまずくはない……気にいった……」とただそれだけでもいってくれると、嬉(うれ)しくてたまらなかった。
 また、時には意趣がえしに、偉い音楽家の曲を自分のだと嘘(うそ)をいって、たちのわるい悪戯をすることもあった。
そして小父がたまたまそれをけなしたりすると、彼はこおどりして喜んだ。
しかし小父はまごつかなかった。
クリストフが手をたたいて、喜んでまわりをはねまわるのを見ながら、人がよさそうに笑っていた。
そしていつもの意見をもち出した。
「うまくは書いてあるかも知れないが、何の意味もない。」

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ジャン・クリストフ(29/31)

(488字。目安の読了時間:1分)

なぜそんなものを書いたんだい?」
「知らないよ。」とクリストフは悲しい声でいった。
「ただ美しい曲を作りたかったんだよ。」
「それだ。お前は書くために書いたんだ。偉い音楽家になりたくて、人にほめられたくて、書いたんだ。お前は高慢だった、お前は嘘(うそ)つきだった、それで罰をうけた……そこだ。音楽では、高慢になって嘘(うそ)をつけば、きっと罰があたる。音楽は謙遜で誠実でなくてはならない。そうでなかったら、音楽というのは何だ? 神様に対する不信だ、神様をけがすことだ、正直な真実なことを語るために、われわれに美しい歌を下さった神様をね。」
 彼はクリストフが悲しがってるのに気がついて、抱いてやろうとした。
しかしクリストフは怒って横を向いた。
そして彼は幾日も不機嫌だった。
小父を憎んでいた。
――けれども、「あいつはばかだ、なんにも知るもんか! ずっと賢いお祖父さんが、僕の音楽をすてきだといってくれてるんだ。」といくら自分でくり返してみてもだめだった。
心の底では、小父の方が正しいとわかっていた。
ゴットフリートの言葉が胸の奥に刻みこまれていた。

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ジャン・クリストフ(28/31)

(469字。目安の読了時間:1分)

 彼はおだやかにクリストフを眺め、その不機嫌な顔を見て、微笑んでいった。
「何かほかに作ったのがあるかい? 今のより外のものの方が、おれの気にいるかも知れない。」
 クリストフはほかの歌が小父の感じをかえてくれるかも知れないと思って、あるだけ歌った。
ゴットフリートは何ともいわなかった。
彼はおしまいになるのを待っていた。
それから頭を振って、ふかい自信のある調子でいった。
「なおまずい。」
 クリストフは唇をかみしめた。
顎がふるえていた。
彼は泣きたかった。
ゴットフリートは自分でもまごついてるようにいいはった。
「実にまずい。」
 クリストフは涙声で叫んだ。
「では、どうしてまずいというんだい?」
 ゴットフリートはあからさまの眼つきで彼を眺めた。
「どうしてって……おれにはわからない……お待ちよ……じっさいまずい……第一、ばかげているから……そうだ、その通りだ……ばかげている、何の意味もない……そこだ。それを書いた時、お前は何も書きたいことがなかったんだ。なぜそんなものを書いたんだい?」

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