ブンゴウメール公式ブログ

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2018-11-01から1ヶ月間の記事一覧

【ブンゴウメール】山月記 (15/15)

(479字。目安の読了時間:1分) そうして、附加えて言うことに、袁※(えんさん)が嶺南からの帰途には決してこの途を通らないで欲しい、その時には自分が酔っていて故人を認めずに襲いかかるかも知れないから。 又、今別れてから、前方百歩の所にある、あの…

【ブンゴウメール】山月記 (14/15)

(517字。目安の読了時間:2分) だが、お別れする前にもう一つ頼みがある。 それは我が妻子のことだ。 彼等は未だ※略(かくりゃく)にいる。 固より、己の運命に就いては知る筈(はず)がない。 君が南から帰ったら、己は既に死んだと彼等に告げて貰えない…

【ブンゴウメール】山月記 (13/15)

(448字。目安の読了時間:1分) 己の空費された過去は? 己は堪らなくなる。 そういう時、己は、向うの山の頂の巖(いわ)に上り、空谷に向って吼(ほ)える。 この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。 己は昨夕も、彼処で月に向って咆(ほ)えた。 誰か…

【ブンゴウメール】山月記 (12/15)

(460字。目安の読了時間:1分) 己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。 虎だったのだ。 これが己を損い、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えて了ったのだ。 今思えば、全く、己は、己の有っていた…

【ブンゴウメール】山月記 (11/15)

(473字。目安の読了時間:1分) 人間であった時、己は努めて人との交を避けた。 人々は己を倨傲だ、尊大だといった。 実は、それが殆(ほとん)ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。 勿論、曾ての郷党の鬼才といわれた自分に、自尊心が無…

【ブンゴウメール】山月記 (10/15)

(468字。目安の読了時間:1分) 岩窟の中に横たわって見る夢にだよ。 嗤(わら)ってくれ。 詩人に成りそこなって虎になった哀れな男を。 (袁※(えんさん)は昔の青年李徴の自嘲癖を思出しながら、哀しく聞いていた。)そうだ。 お笑い草ついでに、今の懐…

【ブンゴウメール】山月記 (9/15)

(452字。目安の読了時間:1分) 作の巧拙は知らず、とにかく、産を破り心を狂わせてまで自分が生涯それに執着したところのものを、一部なりとも後代に伝えないでは、死んでも死に切れないのだ。 袁※(えんさん)は部下に命じ、筆を執って叢中の声に随って書…

【ブンゴウメール】山月記 (8/15)

(550字。目安の読了時間:2分) 己の中の人間の心がすっかり消えて了えば、恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろう。 だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。 ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思っている…

【ブンゴウメール】山月記 (7/15)

(476字。目安の読了時間:1分) その人間の心で、虎としての己の残虐な行のあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、憤ろしい。 しかし、その、人間にかえる数時間も、日を経るに従って次第に短くなって行く。 今までは、どうして虎などに…

【ブンゴウメール】山月記 (6/15)

(488字。目安の読了時間:1分) どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、自分は茫然とした。 そうして懼(おそ)れた。 全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。 しかし、何故こんな事になったのだろう。 分らぬ。 全く何事も我々には…

【ブンゴウメール】山月記 (5/15)

(489字。目安の読了時間:1分) 青年時代に親しかった者同志の、あの隔てのない語調で、それ等が語られた後、袁※(えんさん)は、李徴がどうして今の身となるに至ったかを訊(たず)ねた。 草中の声は次のように語った。 今から一年程前、自分が旅に出て汝…

【ブンゴウメール】山月記 (4/15)

(508字。目安の読了時間:2分) 袁※(えんさん)は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懐かしげに久闊を叙した。 そして、何故叢から出て来ないのかと問うた。 李徴の声が答えて言う。 自分は今や異類の身となっている。 どうして、おめおめと故人の前に…

【ブンゴウメール】山月記 (3/15)

(504字。目安の読了時間:2分) 袁※(えんさん)は、しかし、供廻りの多勢なのを恃み、駅吏の言葉を斥けて、出発した。 残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、果して一匹の猛虎が叢(くさむら)の中から躍り出た。 虎は、あわや袁※(えんさん)に…

【ブンゴウメール】山月記 (2/15)

(482字。目安の読了時間:1分) 曾ての同輩は既に遥(はる)か高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才李徴の自尊心を如何に傷けたかは、想像に難くない。 彼は怏々(おうおう)として楽しま…

【ブンゴウメール】山月記 (1/15)

(504字。目安の読了時間:2分) 隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃(たの)むところ頗(すこぶ)る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。 いくばくもなく官を退いた後は、故山…

【ブンゴウメール】文字禍 (15/15)

(482字。目安の読了時間:1分) しかも、これに気付いている者はほとんど無い。 今にして文字への盲目的崇拝を改めずんば、後に臍(ほぞ)を噬(か)むとも及ばぬであろう云々(うんぬん)。 文字の霊が、この讒謗者をただで置く訳が無い。 ナブ・アヘ・エ…

【ブンゴウメール】文字禍 (14/15)

(495字。目安の読了時間:1分) 彼が一軒の家をじっと見ている中に、その家は、彼の眼と頭の中で、木材と石と煉瓦と漆喰との意味もない集合に化けてしまう。 これがどうして人間の住む所でなければならぬか、判らなくなる。 人間の身体を見ても、その通り。…

【ブンゴウメール】文字禍 (13/15)

(509字。目安の読了時間:2分) 文字に親しみ過ぎてかえって文字に疑を抱くことは、決して矛盾ではない。 先日博士は生来の健啖に任せて羊の炙肉をほとんど一頭分も平らげたが、その後当分、生きた羊の顔を見るのも厭になったことがある。 青年歴史家が帰っ…

【ブンゴウメール】文字禍 (12/15)

(519字。目安の読了時間:2分) 太古以来のアヌ・エンリルの書に書上げられていない星は、なにゆえに存在せぬか? それは、彼等がアヌ・エンリルの書に文字として載せられなかったからじゃ。 大マルズック星(木星)が天界の牧羊者(オリオン)の境を犯せば…

【ブンゴウメール】文字禍 (12/15)

(519字。目安の読了時間:2分) 太古以来のアヌ・エンリルの書に書上げられていない星は、なにゆえに存在せぬか? それは、彼等がアヌ・エンリルの書に文字として載せられなかったからじゃ。 大マルズック星(木星)が天界の牧羊者(オリオン)の境を犯せば…

【ブンゴウメール】文字禍 (11/15)

(521字。目安の読了時間:2分) 博士はそれを感じたが、はっきり口で言えないので、次のように答えた。 歴史とは、昔在った事柄で、かつ粘土板に誌されたものである。 この二つは同じことではないか。 書洩らしは? と歴史家が聞く。 書洩らし? 冗談ではな…

【ブンゴウメール】文字禍 (11/15)

(521字。目安の読了時間:2分) 博士はそれを感じたが、はっきり口で言えないので、次のように答えた。 歴史とは、昔在った事柄で、かつ粘土板に誌されたものである。 この二つは同じことではないか。 書洩らしは? と歴史家が聞く。 書洩らし? 冗談ではな…

【ブンゴウメール】文字禍 (10/15)

(508字。目安の読了時間:2分) 老博士が呆(あき)れた顔をしているのを見て、若い歴史家は説明を加えた。 先頃のバビロン王シャマシュ・シュム・ウキンの最期について色々な説がある。 自ら火に投じたことだけは確かだが、最後の一月ほどの間、絶望の余り…

【ブンゴウメール】文字禍 (10/15)

(508字。目安の読了時間:2分) 老博士が呆(あき)れた顔をしているのを見て、若い歴史家は説明を加えた。 先頃のバビロン王シャマシュ・シュム・ウキンの最期について色々な説がある。 自ら火に投じたことだけは確かだが、最後の一月ほどの間、絶望の余り…

【ブンゴウメール】文字禍 (8/15)

(539字。目安の読了時間:2分) 読み、諳んじ、愛撫するだけではあきたらず、それを愛するの余りに、彼は、ギルガメシュ伝説の最古版の粘土板を噛砕き、水に溶かして飲んでしまったことがある。 文字の精は彼の眼を容赦なく喰い荒し、彼は、ひどい近眼であ…

【ブンゴウメール】文字禍 (9/15)

(532字。目安の読了時間:2分) 侍医のアラッド・ナナは、この病軽からずと見て、大王のご衣裳を借り、自らこれをまとうて、アッシリヤ王に扮(ふん)した。 これによって、死神エレシュキガルの眼を欺き、病を大王から己の身に転じようというのである。 こ…

【ブンゴウメール】文字禍 (9/15)

(532字。目安の読了時間:2分) 侍医のアラッド・ナナは、この病軽からずと見て、大王のご衣裳を借り、自らこれをまとうて、アッシリヤ王に扮(ふん)した。 これによって、死神エレシュキガルの眼を欺き、病を大王から己の身に転じようというのである。 こ…

【ブンゴウメール】文字禍 (8/15)

(539字。目安の読了時間:2分) 読み、諳んじ、愛撫するだけではあきたらず、それを愛するの余りに、彼は、ギルガメシュ伝説の最古版の粘土板を噛砕き、水に溶かして飲んでしまったことがある。 文字の精は彼の眼を容赦なく喰い荒し、彼は、ひどい近眼であ…

【ブンゴウメール】文字禍 (6/15)

(501字。目安の読了時間:2分) これは統計の明らかに示す所である。 文字に親しむようになってから、女を抱いても一向楽しゅうなくなったという訴えもあった。 もっとも、こう言出したのは、七十歳を越した老人であるから、これは文字のせいではないかも知…

【ブンゴウメール】文字禍 (7/15)

(501字。目安の読了時間:2分) 乗物が発明されて、人間の脚が弱く醜くなった。 文字が普及して、人々の頭は、もはや、働かなくなったのである。 ナブ・アヘ・エリバは、ある書物狂の老人を知っている。 その老人は、博学なナブ・アヘ・エリバよりも更に博…