ブンゴウメール公式ブログ

青空文庫の作品を1ヶ月で読めるように毎日小分けでメール配信してくれるサービス「ブンゴウメール」のブログです

絵のない絵本(13/59)

(763字。目安の読了時間:2分)

あたりの花は、たいへん強くにおいました。そよ風は静かにまどろみました。海はまるで、深い谷の上にひろがっている空の一部になったかのようでした。
 また一台の馬車が通りすぎました。中には六人の客が乗っていました。そのうち四人は眠っていました。五人目の男は、自分によく似合うはずの、新しい夏服のことを考えていました。六人目の男は、御者のほうへからだを乗りだして、あそこに積み重ねてある石には、なにか特別のことでもあるのかとたずねました。
『いいや』と、御者は言いました。『ただ、石が積み重ねてあるだけでさあ。だが、あっちの木のほうとなると、特別のことがありますて!』
『どうしてだい?』
『ええ、特別のことがありますとも! 旦那、冬になって、雪が深くつもりますってえと、何もかも一面に平らになってしまいまさ。そんなとき、あっしの目印になるのが、あの木でしてね、あいつを頼りにして行くからこそ、海にもはまりこまねえですむってもんでさ。だからね、あいつは特別なんですよ!』――こう言って、走り去りました。
 そこへ、ひとりの画家がやってきました。その眼はきらめきました。一言も物を言いませんでした。画家は口笛を吹きました。ナイチンゲールが歌いはじめました。一羽また一羽と、だんだん高く。
『だまれ!』と、画家はどなって、すべての色と濃淡とを非常にくわしくかきとめました。『青、薄紫、濃褐色!』これはすばらしい絵になるでしょう! 画家は、鏡がものの姿をうつすように、それをうつしとったのです。そしてそうしながら、ロッシーニの行進曲を口笛で吹いていました。
 最後にやってきたのは貧しい女の子でした。女の子は塚のそばで休んで、荷物をおろしました。美しい青白い顔を森のほうへ向けて、そこからひびいてくる物音に耳をかたむけました。

=========================
ハッシュタグ「#ブンゴウメール」をつけて感想をつぶやこう! 
https://bit.ly/3mRSvcV

Twitterでみんなの感想を見る:https://goo.gl/rgfoDv
■ブンゴウメール公式サイト:https://bungomail.com
青空文庫でこの作品を読む:https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/58165_64334.html
■運営へのご支援はこちら: https://www.buymeacoffee.com/bungomail
■月末まで一時的に配信を停止: https://forms.gle/d2gZZBtbeAEdXySW9

-------
配信元: ブンゴウメール編集部
NOT SO BAD, LLC.
Web: https://bungomail.com
配信停止:https://goo.gl/forms/kVz3fE9HdDq5iuA03