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みずうみ(20/31)

(627字。目安の読了時間:2分)

――全くそれは女の姿であった。
 彼女はうしろ向きになって、髪をすきながら己が姿をこの清い水たまりに映していた。
その白い頸首にも、その露き出した肘さきにも、まんまるい処女らしい円みとほたほたする肉附があった。
灰色めいた明りはうすいながらも、その女の姿を水の上にうつすには充分で、何か夜のうちに咲いてしまう重い白いたわわな花のように見えた。
――かれがなお一歩近づいたときに、水の上にうつっている顔を見出して、愕然とした。
――同時にその水の中にある顔もすぐそのかげを水の上から消した。
「まあ、お父さま!」
 眠元朗はあわてて赧(あか)らんで胸をつくろう娘を見た。
「お前どうして今時分こんなところへ来ているのか?」
 娘は父親のそばへ来て、やっと安心をしたような息づかいをした。
「わたしいつもこの水たまりへまいりますの。此処へくるとわたしお話しができるものですから。」
「誰と?」
 娘は目を伏せて羞かしそうに微笑って見せた。
「水の中の人と?」
「お前のかげとかね。」
 眠元朗は娘をはじめて女として見るような気になった。
――なおかれの眼底を去らないのは、先刻見た女としての娘だった。
「さあ下りよう、お母さまはきっと寂しがっているだろうから。」
 一軒きりの燈影は、ここからは微かなあるかないかの明りの中にあった。
紫と灰色との縞状の色合いを曳いた砂原には、その家以外に何一つ明りらしいものがなかった。

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