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猫町(6/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(715字。目安の読了時間:2分)

つまり一つの同じ景色を、始めに諸君は裏側から見、後には平常の習慣通り、再度正面から見たのである。

このように一つの物が、視線の方角を換えることで、二つの別々の面を持ってること。

同じ一つの現象が、その隠された「秘密の裏側」を持ってるということほど、メタフィジックの神秘を包んだ問題はない。

私は昔子供の時、壁にかけた額の絵を見て、いつも熱心に考え続けた。

いったいこの額の景色の裏側には、どんな世界が秘密に隠されているのだろうと。

私は幾度か額をはずし、油絵の裏側を覗いたりした。

そしてこの子供の疑問は、大人になった今日でも、長く私の解きがたい謎になってる。

 次に語る一つの話も、こうした私の謎に対して、或る解答を暗示する鍵になってる。

読者にしてもし、私の不思議な物語からして、事物と現象の背後に隠れているところの、或る第四次元の世界――景色の裏側の実在性――を仮想し得るとせば、この物語の一切は真実である。

だが諸君にして、もしそれを仮想し得ないとするならば、私の現実に経験した次の事実も、所詮はモルヒネ中毒に中枢を冒された一詩人の、取りとめもないデカダンスの幻覚にしか過ぎないだろう。

とにかく私は、勇気を奮って書いて見よう。

ただ小説家でない私は、脚色や趣向によって、読者を興がらせる術を知らない。

私の為し得ることは、ただ自分の経験した事実だけを、報告の記事に書くだけである。

 その頃私は、北越地方のKという温泉に滞留していた。

九月も末に近く、彼岸を過ぎた山の中では、もうすっかり秋の季節になっていた。

都会から来た避暑客は、既に皆帰ってしまって、後には少しばかりの湯治客が、静かに病を養っているのであった。

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猫町(5/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(723字。目安の読了時間:2分)

その瞬間、磁石の針がくるりと廻って、東西南北の空間地位が、すっかり逆に変ってしまった。

同時に、すべての宇宙が変化し、現象する町の情趣が、全く別の物になってしまった。

つまり前に見た不思議の町は、磁石を反対に裏返した、宇宙の逆空間に実在したのであった。

 この偶然の発見から、私は故意に方位を錯覚させて、しばしばこのミステリイの空間を旅行し廻った。

特にまたこの旅行は、前に述べたような欠陥によって、私の目的に都合がよかった。

だが普通の健全な方角知覚を持ってる人でも、時にはやはり私と同じく、こうした特殊の空間を、経験によって見たであろう。

たとえば諸君は、夜おそく家に帰る汽車に乗ってる。

始め停車場を出発した時、汽車はレールを真直に、東から西へ向って走っている。

だがしばらくする中に、諸君はうたた寝の夢から醒める。

そして汽車の進行する方角が、いつのまにか反対になり、西から東へと、逆に走ってることに気が付いてくる。

諸君の理性は、決してそんなはずがないと思う。

しかも知覚上の事実として、汽車はたしかに反対に、諸君の目的地から遠ざかって行く。

そうした時、試みに窓から外を眺めて見給え。

いつも見慣れた途中の駅や風景やが、すっかり珍しく変ってしまって、記憶の一片さえも浮ばないほど、全く別のちがった世界に見えるだろう。

だが最後に到着し、いつものプラットホームに降りた時、始めて諸君は夢から醒め、現実の正しい方位を認識する。

そして一旦それが解れば、始めに見た異常の景色や事物やは、何でもない平常通りの、見慣れた詰らない物に変ってしまう。

つまり一つの同じ景色を、始めに諸君は裏側から見、後には平常の習慣通り、再度正面から見たのである。

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猫町(4/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(754字。目安の読了時間:2分)

しかし時間の計算から、それが私の家の近所であること、徒歩で半時間位しか離れていないいつもの私の散歩区域、もしくはそのすぐ近い範囲にあることだけは、確実に疑いなく解っていた。

しかもそんな近いところに、今まで少しも人に知れずに、どうしてこんな町があったのだろう?

 私は夢を見ているような気がした。

それが現実の町ではなくって、幻燈の幕に映った、影絵の町のように思われた。

だがその瞬間に、私の記憶と常識が回復した。

気が付いて見れば、それは私のよく知っている、近所の詰らない、ありふれた郊外の町なのである。

いつものように、四ツ辻にポストが立って、煙草屋には胃病の娘が坐っている。

そして店々の飾窓には、いつもの流行おくれの商品が、埃っぽく欠伸をして並んでいるし、珈琲店の軒には、田舎らしく造花のアーチが飾られている。

何もかも、すべて私が知っている通りの、いつもの退屈な町にすぎない。

一瞬間の中に、すっかり印象が変ってしまった。

そしてこの魔法のような不思議の変化は、単に私が道に迷って、方位を錯覚したことにだけ原因している。

いつも町の南はずれにあるポストが、反対の入口である北に見えた。

いつもは左側にある街路の町家が、逆に右側の方へ移ってしまった。

そしてただこの変化が、すべての町を珍しく新しい物に見せたのだった。

 その時私は、未知の錯覚した町の中で、或る商店の看板を眺めていた。

その全く同じ看板の絵を、かつて何所かで見たことがあると思った。

そして記憶が回復された一瞬時に、すべての方角が逆転した。

すぐ今まで、左側にあった往来が右側になり、北に向って歩いた自分が、南に向って歩いていることを発見した。

その瞬間、磁石の針がくるりと廻って、東西南北の空間地位が、すっかり逆に変ってしまった。

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猫町(3/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(707字。目安の読了時間:2分)

その上私には、道を歩きながら瞑想に耽る癖があった。

途中で知人に挨拶されても、少しも知らずにいる私は、時々自分の家のすぐ近所で迷児になり、人に道をきいて笑われたりする。

かつて私は、長く住んでいた家の廻りを、塀に添うて何十回もぐるぐると廻り歩いたことがあった。

方角観念の錯誤から、すぐ目の前にある門の入口が、どうしても見つからなかったのである。

家人は私が、まさしく狐に化かされたのだと言った。

狐に化かされるという状態は、つまり心理学者のいう三半規管の疾病であるのだろう。

なぜなら学者の説によれば、方角を知覚する特殊の機能は、耳の中にある三半規管の作用だと言うことだから。

 余事はとにかく、私は道に迷って困惑しながら、当推量で見当をつけ、家の方へ帰ろうとして道を急いだ。

そして樹木の多い郊外の屋敷町を、幾度かぐるぐる廻ったあとで、ふと或る賑やかな往来へ出た。

それは全く、私の知らない何所かの美しい町であった。

街路は清潔に掃除されて、鋪石がしっとりと露に濡れていた。

どの商店も小綺麗にさっぱりして、磨いた硝子の飾窓には、様々の珍しい商品が並んでいた。

珈琲店の軒には花樹が茂り、町に日蔭のある情趣を添えていた。

四つ辻の赤いポストも美しく、煙草屋の店にいる娘さえも、杏のように明るくて可憐であった。

かつて私は、こんな情趣の深い町を見たことがなかった。

一体こんな町が、東京の何所にあったのだろう。

私は地理を忘れてしまった。

しかし時間の計算から、それが私の家の近所であること、徒歩で半時間位しか離れていないいつもの私の散歩区域、もしくはそのすぐ近い範囲にあることだけは、確実に疑いなく解っていた。

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猫町(2/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(736字。目安の読了時間:2分)

と言ってしまえば、もはやこの上、私の秘密について多く語る必要はないであろう。

ただ私の場合は、用具や設備に面倒な手数がかかり、かつ日本で入手の困難な阿片の代りに、簡単な注射や服用ですむモルヒネ、コカインの類を多く用いたということだけを附記しておこう。

そうした麻酔によるエクスタシイの夢の中で、私の旅行した国々のことについては、此所に詳しく述べる余裕がない。

だがたいていの場合、私は蛙どもの群がってる沼沢地方や、極地に近く、ペンギン鳥のいる沿海地方などを彷徊した。

それらの夢の景色の中では、すべての色彩が鮮やかな原色をして、海も、空も、硝子のように透明な真青だった。

醒めての後にも、私はそのヴィジョンを記憶しており、しばしば現実の世界の中で、異様の錯覚を起したりした。

 薬物によるこうした旅行は、だが私の健康をひどく害した。

私は日々に憔悴し、血色が悪くなり、皮膚が老衰に澱んでしまった。

私は自分の養生に注意し始めた。

そして運動のための散歩の途上で、或る日偶然、私の風変りな旅行癖を満足させ得る、一つの新しい方法を発見した。

私は医師の指定してくれた注意によって、毎日家から四、五十町(三十分から一時間位)の附近を散歩していた。

その日もやはり何時も通りに、ふだんの散歩区域を歩いていた。

私の通る道筋は、いつも同じように決まっていた。

だがその日に限って、ふと知らない横丁を通り抜けた。

そしてすっかり道をまちがえ、方角を解らなくしてしまった。

元来私は、磁石の方角を直覚する感官機能に、何かの著るしい欠陥をもった人間である。

そのため道のおぼえが悪く、少し慣れない土地へ行くと、すぐ迷児になってしまった。

その上私には、道を歩きながら瞑想に耽る癖があった。

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猫町(1/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(651字。目安の読了時間:2分)

蠅を叩きつぶしたところで、蠅の「物そのもの」は死にはしない。

単に蠅の現象をつぶしたばかりだ。

――

ショウペンハウエル。

[#改ページ]

 旅への誘いが、次第に私の空想から消えて行った。

昔はただそれの表象、汽車や、汽船や、見知らぬ他国の町々やを、イメージするだけでも心が躍った。

しかるに過去の経験は、旅が単なる「同一空間における同一事物の移動」にすぎないことを教えてくれた。

何処へ行って見ても、同じような人間ばかり住んでおり、同じような村や町やで、同じような単調な生活を繰り返している。

田舎のどこの小さな町でも、商人は店先で算盤を弾きながら、終日白っぽい往来を見て暮しているし、官吏は役所の中で煙草を吸い、昼飯の菜のことなど考えながら、来る日も来る日も同じように、味気ない単調な日を暮しながら、次第に年老いて行く人生を眺めている。

旅への誘いは、私の疲労した心の影に、とある空地に生えた青桐みたいな、無限の退屈した風景を映像させ、どこでも同一性の方則が反覆している、人間生活への味気ない嫌厭を感じさせるばかりになった。

私はもはや、どんな旅にも興味とロマンスをなくしてしまった。

 久しい以前から、私は私自身の独特な方法による、不思議な旅行ばかりを続けていた。

その私の旅行というのは、人が時空と因果の外に飛翔し得る唯一の瞬間、即ちあの夢と現実との境界線を巧みに利用し、主観の構成する自由な世界に遊ぶのである。

と言ってしまえば、もはやこの上、私の秘密について多く語る必要はないであろう。

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犬を連れた奥さん(30/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(615字。目安の読了時間:2分)

どうしたら一体、人目を忍んだり、人に嘘をついたり、別々の町に住んだり、久しく会わずにいなければならないような境涯から、抜け出すことができるだろうかということを語り合った。

どうしたらこの堪えきれぬ枷からのがれることが出来るだろうか?

「どうしたら? どうしたら?」と彼は、頭をかかえて訊くのだった。

「どうしたら?」

 すると、もう少しの辛抱で解決の途がみつかる、そしてその時こそ新しい、素晴らしい生活が始まる、とそんな気がするのだった。

そして二人とも、旅の終りまではまだまだはるかに遠いこと、いちばん複雑な困難な途がまだやっと始まったばかりなことを、はっきりと覚るのだった。

     訳注

ヤールタ――クリミヤの南岸、黒海に臨む風光明媚な保養地。

べリョーフだとかジーズドラだとか――いずれもヨーロッパ・ロシヤの中部にある小さな町。

グラナダ――スペイン・アンダルシヤの都会。

ムーア人の王国の旧都で、アルハンブラ宮殿など当時の遺跡によって名高い。

罪の女――『ヨハネ伝』第八章三節以下。

この女性を描いた画は古来すくなくない。

オレアンダ――ヤールタの西南一里半足らずにある公園地。

やはり黒海に臨み、当時は帝室領であった。

フェオドシヤ――クリミヤの南岸にある海港。

ペトローフカ通り――モスクヴァの中心部を南北に走る大通りで、市内屈指の繁華な商店街。

『スラヴャンスキイ・バザール』――モスクヴァの一流ホテルの一つ。

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ブンゴウメールでは毎月31日はメールが配信されません。

次回の配信は翌月1日となります。ご了承ください。

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