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みずうみ(10/31)

(650字。目安の読了時間:2分)

一さいのものはその心をも静まらせ、ただ曇色ある空を仰ぎ見るような安らかなぼんやりした時のもとに過ぎて行くのみだった。
 眠元朗はふと女が同じ腰樹けに坐って眠っている顔をみると、いつものように穏やかな気もちになることを感じた。
拘泥のないはればれした快活さが、その女の眠っている間には必らず湧き上ってくる感情だった。
かれは窃と腰掛を離れ渚の方へ向いて歩き出した。
なるべく音のしないように、そして耳の聡(さと)い娘にもさとられないように注意して歩いて行った。
 渚には舟がもやがれ、波にもまれながら平和に低くなったり高められたりしながら揺れていた。
――眠元朗は舟に片足をかけ、そして乗り移ったときに、ふと女の方をふりかえって見たが、なお女も娘もふかぶかと眠っているらしく身うごきさえしていなかった。
眠元朗はそれを目に入れると、急に舟を漕ぎ始めた。
――湖面はしずかに波を打って乱れたが、その舟が島影へ着かない前に、渚からの娘の呼ぶ声がした。
見ると女も立ち上って、眠元朗の方に向いて声を上げている。
――かれは為方なしに舟をもと来た水脈の上にしずかに戻した。
かれの顔容は寂しい歪(ゆがみ)をもちながら、目は桃花村の方にそそがれていたのである。
 舟が渚につくと、娘はすぐ父親に抱きついて、あまえた声で言った。
「まあ、ひどいお父さま――。」
「どうして。」
「お一人でいらっしゃるんですもの。わたしだちの眠っている間に、――ひどいわ、そんなことを為すっちゃ――。」

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