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みずうみ(17/31)

(677字。目安の読了時間:2分)

「話して下さいな――おねがいでございますから。」
 しかし二人は黙っていた。
そして娘の胸の上が低くなったり高くなったりするのを凝乎として眺めていた。
かれらは気むずかしく哀しげな容子を、ドアのそとから忍び込む光が間もなく卓子の脚にまでとどくまでつづけていたのである。

 あらゆるものは静かな一色の灰色でなければ、それを一そう濃くしたような仄白い色に充たされている。
一たい此処にも月夜はあるが玲瓏(れいろう)たる光ではなく、重いどんよりした曇色がかさなり合ってそのため褐色を眺めるような悲しげな面持ちをしている。
湖面にしても明りはあるがよく影をうつさない――その他岩壁にしても舟にしても、波のよする渚にしても曇り硝子のようにぼんやりしているのである。
このような褐色の主調はいたるところに同じい人間の皮膚に似た、或るさもしい感じを抱かせるのである。
 こういう晩をどれだけ殆(ほとん)ど数えることもできないほど、眠元朗は目にうつし心に浸したかわからない。
それ故眠元朗はこの褐色の晩景をあるくたびに、おのれの心も褐色に滲んだ皺をたたみ込まれているような気がした。
しかしかかる単調な風物はあたかも箱のなかに押し込まれていて、その箱の上の磨硝子から外をながめているような戻かしい窮窟さをかんじてならなかった。
――眠元朗は退窟と倦怠とをなお二重にとり廻したようなこの晩景のなかに、しかもなお索漠たる砂上を踏んで歩いていると、おのれの変り果てた姿をもう一度ふりかえって見て、しかもどうにもならない微笑が浮んでくることを感じた。

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