オツベルと象(7/10) - ブンゴウメール
ブンゴウメール
(622字。目安の読了時間:2分)
ある晩象は象小屋で、三把の藁をたべながら、十日の月を仰ぎ見て、
「苦しいです。サンタマリア。」と云ったということだ。
こいつを聞いたオツベルは、ことごと象につらくした。
ある晩、象は象小屋で、ふらふら倒れて地べたに座り、藁もたべずに、十一日の月を見て、
「もう、さようなら、サンタマリア。」と斯う言った。
「おや、何だって? さよならだ?」月が俄かに象に訊く。
「ええ、さよならです。サンタマリア。」
「何だい、なりばかり大きくて、からっきし意気地のないやつだなあ。仲間へ手紙を書いたらいいや。」月がわらって斯う云った。
「お筆も紙もありませんよう。」象は細ういきれいな声で、しくしくしくしく泣き出した。
「そら、これでしょう。」すぐ眼の前で、可愛い子どもの声がした。
象が頭を上げて見ると、赤い着物の童子が立って、硯と紙を捧げていた。
象は早速手紙を書いた。
「ぼくはずいぶん眼にあっている。みんなで出て来て助けてくれ。」
童子はすぐに手紙をもって、林の方へあるいて行った。
赤衣の童子が、そうして山に着いたのは、ちょうどひるめしごろだった。
このとき山の象どもは、沙羅樹の下のくらがりで、碁などをやっていたのだが、額をあつめてこれを見た。
「ぼくはずいぶん眼にあっている。みんなで出てきて助けてくれ。」
象は一せいに立ちあがり、まっ黒になって吠えだした。
「オツベルをやっつけよう」議長の象が高く叫ぶと、
「おう、でかけよう。
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オツベルと象(6/10) - ブンゴウメール
ブンゴウメール
(615字。目安の読了時間:2分)
晩方象は小屋に居て、八把の藁をたべながら、西の四日の月を見て
「ああ、せいせいした。サンタマリア」と斯うひとりごとしたそうだ。
その次の日だ、
「済まないが、税金が五倍になった、今日は少うし鍛冶場へ行って、炭火を吹いてくれないか」
「ああ、吹いてやろう。本気でやったら、ぼく、もう、息で、石もなげとばせるよ」
オツベルはまたどきっとしたが、気を落ち付けてわらっていた。
象はのそのそ鍛冶場へ行って、べたんと肢を折って座り、ふいごの代りに半日炭を吹いたのだ。
その晩、象は象小屋で、七把の藁をたべながら、空の五日の月を見て
「ああ、つかれたな、うれしいな、サンタマリア」と斯う言った。
どうだ、そうして次の日から、象は朝からかせぐのだ。
藁も昨日はただ五把だ。
よくまあ、五把の藁などで、あんな力がでるもんだ。
じっさい象はけいざいだよ。
それというのもオツベルが、頭がよくてえらいためだ。
オツベルときたら大したもんさ。
第五日曜
オツベルかね、そのオツベルは、おれも云おうとしてたんだが、居なくなったよ。
まあ落ちついてききたまえ。
前にはなしたあの象を、オツベルはすこしひどくし過ぎた。
しかたがだんだんひどくなったから、象がなかなか笑わなくなった。
時には赤い竜の眼をして、じっとこんなにオツベルを見おろすようになってきた。
ある晩象は象小屋で、三把の藁をたべながら、十日の月を仰ぎ見て、
「苦しいです。
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オツベルと象(5/10) - ブンゴウメール
ブンゴウメール
(591字。目安の読了時間:2分)
次の日、ブリキの大きな時計と、やくざな紙の靴とはやぶけ、象は鎖と分銅だけで、大よろこびであるいて居った。
「済まないが税金も高いから、今日はすこうし、川から水を汲んでくれ。」オツベルは両手をうしろで組んで、顔をしかめて象に云う。
「ああ、ぼく水を汲んで来よう。もう何ばいでも汲んでやるよ。」
象は眼を細くしてよろこんで、そのひるすぎに五十だけ、川から水を汲んで来た。
そして菜っ葉の畑にかけた。
夕方象は小屋に居て、十把の藁をたべながら、西の三日の月を見て、
「ああ、稼ぐのは愉快だねえ、さっぱりするねえ」と云っていた。
「済まないが税金がまたあがる。今日は少うし森から、たきぎを運んでくれ」オツベルは房のついた赤い帽子をかぶり、両手をかくしにつっ込んで、次の日象にそう言った。
「ああ、ぼくたきぎを持って来よう。いい天気だねえ。ぼくはぜんたい森へ行くのは大すきなんだ」象はわらってこう言った。
オツベルは少しぎょっとして、パイプを手からあぶなく落としそうにしたがもうあのときは、象がいかにも愉快なふうで、ゆっくりあるきだしたので、また安心してパイプをくわえ、小さな咳を一つして、百姓どもの仕事の方を見に行った。
そのひるすぎの半日に、象は九百把たきぎを運び、眼を細くしてよろこんだ。
晩方象は小屋に居て、八把の藁をたべながら、西の四日の月を見て
「ああ、せいせいした。
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オツベルと象(4/10) - ブンゴウメール
ブンゴウメール
(638字。目安の読了時間:2分)
第二日曜
オツベルときたら大したもんだ。
それにこの前稲扱小屋で、うまく自分のものにした、象もじっさい大したもんだ。
力も二十馬力もある。
第一みかけがまっ白で、牙はぜんたいきれいな象牙でできている。
皮も全体、立派で丈夫な象皮なのだ。
そしてずいぶんはたらくもんだ。
けれどもそんなに稼ぐのも、やっぱり主人が偉いのだ。
「おい、お前は時計は要らないか。」丸太で建てたその象小屋の前に来て、オツベルは琥珀のパイプをくわえ、顔をしかめて斯う訊いた。
「ぼくは時計は要らないよ。」象がわらって返事した。
「まあ持って見ろ、いいもんだ。」斯う言いながらオツベルは、ブリキでこさえた大きな時計を、象の首からぶらさげた。
「なかなかいいね。」象も云う。
「鎖もなくちゃだめだろう。」オツベルときたら、百キロもある鎖をさ、その前肢にくっつけた。
「うん、なかなか鎖はいいね。」三あし歩いて象がいう。
「靴をはいたらどうだろう。」
「ぼくは靴などはかないよ。」
「まあはいてみろ、いいもんだ。」オツベルは顔をしかめながら、赤い張子の大きな靴を、象のうしろのかかとにはめた。
「なかなかいいね。」象も云う。
「靴に飾りをつけなくちゃ。」オツベルはもう大急ぎで、四百キロある分銅を靴の上から、穿め込んだ。
「うん、なかなかいいね。」象は二あし歩いてみて、さもうれしそうにそう云った。
次の日、ブリキの大きな時計と、やくざな紙の靴とはやぶけ、象は鎖と分銅だけで、大よろこびであるいて居った。
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オツベルと象(3/10) - ブンゴウメール
ブンゴウメール
(605字。目安の読了時間:2分)
ところが何せ、器械はひどく廻っていて、籾は夕立か霰のように、パチパチ象にあたるのだ。
象はいかにもうるさいらしく、小さなその眼を細めていたが、またよく見ると、たしかに少しわらっていた。
オツベルはやっと覚悟をきめて、稲扱器械の前に出て、象に話をしようとしたが、そのとき象が、とてもきれいな、鶯みたいないい声で、こんな文句を云ったのだ。
「ああ、だめだ。あんまりせわしく、砂がわたしの歯にあたる。」
まったく籾は、パチパチパチパチ歯にあたり、またまっ白な頭や首にぶっつかる。
さあ、オツベルは命懸けだ。
パイプを右手にもち直し、度胸を据えて斯う云った。
「どうだい、此処は面白いかい。」
「面白いねえ。」象がからだを斜めにして、眼を細くして返事した。
「ずうっとこっちに居たらどうだい。」
百姓どもははっとして、息を殺して象を見た。
オツベルは云ってしまってから、にわかにがたがた顫え出す。
ところが象はけろりとして
「居てもいいよ。」と答えたもんだ。
「そうか。それではそうしよう。そういうことにしようじゃないか。」オツベルが顔をくしゃくしゃにして、まっ赤になって悦びながらそう云った。
どうだ、そうしてこの象は、もうオツベルの財産だ。
いまに見たまえ、オツベルは、あの白象を、はたらかせるか、サーカス団に売りとばすか、どっちにしても万円以上もうけるぜ。
第二日曜
オツベルときたら大したもんだ。
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オツベルと象(2/10) - ブンゴウメール
ブンゴウメール
(648字。目安の読了時間:2分)
そいつは象のことだから、たぶんぶらっと森を出て、ただなにとなく来たのだろう。
そいつが小屋の入口に、ゆっくり顔を出したとき、百姓どもはぎょっとした。
なぜぎょっとした? よくきくねえ、何をしだすか知れないじゃないか。
かかり合っては大へんだから、どいつもみな、いっしょうけんめい、じぶんの稲を扱いていた。
ところがそのときオツベルは、ならんだ器械のうしろの方で、ポケットに手を入れながら、ちらっと鋭く象を見た。
それからすばやく下を向き、何でもないというふうで、いままでどおり往ったり来たりしていたもんだ。
するとこんどは白象が、片脚床にあげたのだ。
百姓どもはぎょっとした。
それでも仕事が忙しいし、かかり合ってはひどいから、そっちを見ずに、やっぱり稲を扱いていた。
オツベルは奥のうすくらいところで両手をポケットから出して、も一度ちらっと象を見た。
それからいかにも退屈そうに、わざと大きなあくびをして、両手を頭のうしろに組んで、行ったり来たりやっていた。
ところが象が威勢よく、前肢二つつきだして、小屋にあがって来ようとする。
百姓どもはぎくっとし、オツベルもすこしぎょっとして、大きな琥珀のパイプから、ふっとけむりをはきだした。
それでもやっぱりしらないふうで、ゆっくりそこらをあるいていた。
そしたらとうとう、象がのこのこ上って来た。
そして器械の前のとこを、呑気にあるきはじめたのだ。
ところが何せ、器械はひどく廻っていて、籾は夕立か霰のように、パチパチ象にあたるのだ。
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オツベルと象(1/10) - ブンゴウメール
ブンゴウメール
(606字。目安の読了時間:2分)
……ある牛飼いがものがたる
第一日曜
オツベルときたら大したもんだ。
稲扱器械の六台も据えつけて、のんのんのんのんのんのんと、大そろしない音をたててやっている。
十六人の百姓どもが、顔をまるっきりまっ赤にして足で踏んで器械をまわし、小山のように積まれた稲を片っぱしから扱いて行く。
藁はどんどんうしろの方へ投げられて、また新らしい山になる。
そこらは、籾や藁から発ったこまかな塵で、変にぼうっと黄いろになり、まるで沙漠のけむりのようだ。
そのうすくらい仕事場を、オツベルは、大きな琥珀のパイプをくわえ、吹殻を藁に落さないよう、眼を細くして気をつけながら、両手を背中に組みあわせて、ぶらぶら往ったり来たりする。
小屋はずいぶん頑丈で、学校ぐらいもあるのだが、何せ新式稲扱器械が、六台もそろってまわってるから、のんのんのんのんふるうのだ。
中にはいるとそのために、すっかり腹が空くほどだ。
そしてじっさいオツベルは、そいつで上手に腹をへらし、ひるめしどきには、六寸ぐらいのビフテキだの、雑巾ほどあるオムレツの、ほくほくしたのをたべるのだ。
とにかく、そうして、のんのんのんのんやっていた。
そしたらそこへどういうわけか、その、白象がやって来た。
白い象だぜ、ペンキを塗ったのでないぜ。
どういうわけで来たかって? そいつは象のことだから、たぶんぶらっと森を出て、ただなにとなく来たのだろう。
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