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【ブンゴウメール】河童 (16/31)

(1363字。目安の読了時間:3分)


僕の同情したのはもちろんです。
同時にまた家族制度に対する詩人のトックの軽蔑を思い出したのも もちろんです。
僕はラップの肩をたたき、一生懸命に慰めました。


「そんなことはどこでもありがちだよ。まあ勇気を出したまえ。」

「しかし……しかし嘴(くちばし)でも腐っていなければ、……」

「それはあきらめるほかはないさ。さあ、トック君の家へでも行こ う。」

「トックさんは僕を軽蔑しています。僕はトックさんのように大胆 に家族を捨てることができませんから。」

「じゃクラバック君の家へ行こう。」

 僕はあの音楽会以来、クラバックにも友だちになっていましたから 、とにかくこの大音楽家の家へラップをつれ出すことにしました。
クラバックはトックに比べれば、はるかに贅沢に暮らしています。
というのは資本家のゲエルのように暮らしているという意味ではあ りません。
ただいろいろの骨董を、――タナグラの人形やペルシアの陶器を部 屋いっぱいに並べた中にトルコ風の長椅子を据え、クラバック自身 の肖像画の下にいつも子どもたちと遊んでいるのです。
が、きょうはどうしたのか両腕を胸へ組んだまま、苦い顔をしてす わっていました。
のみならずそのまた足もとには紙屑が一面に散らばっていました。
ラップも詩人トックといっしょにたびたびクラバックには会ってい るはずです。
しかしこの容子に恐れたとみえ、きょうは丁寧にお時宜をしたなり 、黙って部屋の隅に腰をおろしました。


「どうしたね? クラバック君。」

 僕はほとんど挨拶の代わりにこう大音楽家へ問いかけました。


「どうするものか? 批評家の阿呆(あほう)め! 僕の抒情詩はトックの抒情詩と比べものにならないと言やがるんだ 。」

「しかし君は音楽家だし、……」

「それだけならば我慢もできる。僕はロックに比べれば、音楽家の 名に価しないと言やがるじゃないか?」

 ロックというのはクラバックとたびたび比べられる音楽家です。
が、あいにく超人倶楽部(クラブ)の会員になっていない関係上、 僕は一度も話したことはありません。
もっとも嘴の反り上がった、一癖あるらしい顔だけはたびたび写真 でも見かけていました。


「ロックも天才には違いない。しかしロックの音楽は君の音楽にあ ふれている近代的情熱を持っていない。」

「君はほんとうにそう思うか?」

「そう思うとも。」

 するとクラバックは立ち上がるが早いか、タナグラの人形をひっつ かみ、いきなり床の上にたたきつけました。
ラップはよほど驚いたとみえ、何か声をあげて逃げようとしました 。
が、クラバックはラップや僕にはちょっと「驚くな」という手真似 をした上、今度は冷やかにこう言うのです。


「それは君もまた俗人のように耳を持っていないからだ。僕はロッ クを恐れている。……」

「君が? 謙遜家を気どるのはやめたまえ。」

「だれが謙遜家を気どるものか?
第一君たちに気どって見せるくらいならば、批評家たちの前に気ど って見せている。僕は――クラバックは天才だ。 その点ではロックを恐れていない。」

「では何を恐れているのだ?」

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