桜の森の満開の下(5/30) - ブンゴウメール
ブンゴウメール
(685字。目安の読了時間:2分)
彼は威張りかえって肩を張って、前の山、後の山、右の山、左の山、ぐるりと一廻転して女に見せて、
「これだけの山という山がみんな俺のものなんだぜ」
と言いましたが、女はそんなことにはてんで取りあいません。
彼は意外に又残念で、
「いいかい。お前の目に見える山という山、木という木、谷という谷、その谷からわく雲まで、みんな俺のものなんだぜ」
「早く歩いておくれ。私はこんな岩コブだらけの崖の下にいたくないのだから」
「よし、よし。今にうちにつくと飛びきりの御馳走をこしらえてやるよ」
「お前はもっと急げないのかえ。走っておくれ」
「なかなかこの坂道は俺が一人でもそうは駈けられない難所だよ」
「お前も見かけによらない意気地なしだねえ。私としたことが、とんだ甲斐性なしの女房になってしまった。ああ、ああ。これから何をたよりに暮したらいいのだろう」
「なにを馬鹿な。これぐらいの坂道が」
「アア、もどかしいねえ。お前はもう疲れたのかえ」
「馬鹿なことを。この坂道をつきぬけると、鹿もかなわぬように走ってみせるから」
「でもお前の息は苦しそうだよ。顔色が青いじゃないか」
「なんでも物事の始めのうちはそういうものさ。今に勢いのはずみがつけば、お前が背中で目を廻すぐらい速く走るよ」
けれども山賊は身体が節々からバラバラに分かれてしまったように疲れていました。
そしてわが家の前へ辿りついたときには目もくらみ耳もなり嗄れ声のひときれをふりしぼる力もありません。
家の中から七人の女房が迎えに出てきましたが、山賊は石のようにこわばった身体をほぐして背中の女を下すだけで勢一杯でした。
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