犬を連れた奥さん(14/30) - ブンゴウメール
ブンゴウメール
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そら、こうして」
彼女は泣きこそしなかったが、まるで病人のように沈んだ様子で、顔をわななかせていた。
「あなたのことは忘れませんわ……いつまでも思い出しますわ」と彼女は言った。
「ご機嫌よう、お仕合せでね。悪くお思いにならないでね。わたくしたち、これっきりもうお別れに致しましょうね。だってそうなんですもの、二度とお目にかかってはなりませんもの。ではご機嫌よう」
汽車はみるみる出て行き、その燈もまもなく消え失せて、一分の後にはもう音さえ聞こえなかった。
それはちょうど、この甘い夢見心地、この痴れごこちを、一刻も早く断ち切ってやろうと、みんなでわざわざ申し合わせたかのようだった。
で、一人ぽつねんとプラットフォームに居残って、はるかの闇に見入りながら、グーロフはまるでたったいま目が覚めたような気持で、蟋蟀の鳴き声や電線の唸りに耳をすましていた。
そして心の中でこんなことを思うのだった――自分の生涯には現にまた一つ、波瀾とかエピソードとかいったものがあったけれど、それもやっぱりもう済んでしまって、今では思い出が残っているのだ……。
彼は感動して、もの侘しく、かるい悔恨をおぼえるのだった。
思えばあの二度ともう逢う折りもない若い女性も、自分と一緒にいるあいだ幸福とは言えなかったではないか。
愛想よくもしてやったし、親身にいたわってやりもしたけれど、それにしてもあの女に対するこっちの態度や、ことばの調子や、可愛がりようの中にはやっぱり、まんまと幸運を手に入れた男の、それも相手より二倍ちかくも年上の男のかるい嘲笑いや、がさつな思い上がりが、影のように透けて見えるのをどうしようもなかったのだ。
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