老妓抄(22/30) - ブンゴウメール
ブンゴウメール
(638字。目安の読了時間:2分)
彼女は茶の間の四畳半と工房が座敷の中に仕切って拵えてある十二畳の客座敷との襖を開けると、そこの敷居の上に立った。
片手を柱に凭せ体を少し捻って嬌態を見せ、片手を拡げた袖の下に入れて、写真を撮るときのようなポーズを作った。
俯向き加減に眼を不機嫌らしく額越しに覗かして
「あたし来てよ」と云った。
縁側に寝ている柚木はただ「うん」と云っただけだった。
みち子はもう一度同じことを云って見たが、同じような返事だったので、本当に腹を立て
「何て不精たらしい返事なんだろう、もう二度と来てやらないから」と云った。
「仕様のない我儘娘だな」と云って、柚木は上体を起上らせつつ、足を胡座に組みながら
「ほほう、今日は日本髪か」とじろじろ眺めた。
「知らない」といって、みち子はくるりと後向きになって着物の背筋に拗ねた線を作った。
柚木は、華やかな帯の結び目の上はすぐ、突襟のうしろ口になり、頸の附根を真っ白く富士山形に覗かせて誇張した媚態を示す物々しさに較べて、帯の下の腰つきから裾は、一本花のように急に削げていて味もそっけもない少女のままなのを異様に眺めながら、この娘が自分の妻になって、何事も自分に気を許し、何事も自分に頼りながら、小うるさく世話を焼く間柄になった場合を想像した。
それでは自分の一生も案外小ぢんまりした平凡に規定されてしまう寂寞の感じはあったが、しかし、また何かそうなってみての上のことでなければ判らない不明な珍らしい未来の想像が、現在の自分の心情を牽きつけた。
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