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秘密(24/30)

(600字。目安の読了時間:2分)

襟のかかった渋い縞(しま)お召に腹合わせ帯をしめて、銀杏返しに結って居る風情の、昨夜と恐ろしく趣が変っているのに、私は先ず驚かされた。
「あなたは、今夜あたしがこんな風をして居るのは可笑しいと思っていらッしゃるんでしょう。それでも人に身分を知らせないようにするには、こうやって毎日身なりを換えるより外に仕方がありませんからね。」
卓上に伏せてある洋盃を起して、葡萄酒を注ぎながら、こんな事を云う女の素振りは、思ったよりもしとやかに打ち萎れて居た。
「でも好く覚えて居て下さいましたね。上海でお別れしてから、いろいろの男と苦労もして見ましたが、妙にあなたの事を忘れることが出来ませんでした。もう今度こそは私を棄てないで下さいまし。身分も境遇も判らない、夢のような女だと思って、いつまでもお附き合いなすって下さい。」
女の語る一言一句が、遠い国の歌のしらべのように、哀韻を含んで私の胸に響いた。
昨夜のような派手な勝ち気な悧発な女が、どうしてこう云う憂鬱な、殊勝な姿を見せることが出来るのであろう。
さながら万事を打ち捨てて、私の前に魂を投げ出しているようであった。
「夢の中の女」「秘密の女」朦朧(もうろう)とした、現実とも幻覚とも区別の附かない Love adventure の面白さに、私はそれから毎晩のように女の許に通い、夜半の二時頃迄遊んでは、また眼かくしをして、雷門まで送り返された。

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