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秘密(30/30)

(527字。目安の読了時間:2分)

丁度道了権現の向い側の、ぎっしり並んだ家と家との庇間を分けて、殆(ほとん)ど眼につかないような、細い、ささやかな小路のあるのを見つけ出した時、私は直覚的に女の家がその奥に潜んで居ることを知った。
中へ這入って行くと右側の二三軒目の、見事な洗い出しの板塀に囲まれた二階の欄干から、松の葉越しに女は死人のような顔をして、じっと此方を見おろして居た。
思わず嘲るような瞳を挙げて、二階を仰ぎ視ると、寧ろ空惚けて別人を装うものの如く、女はにこりともせずに私の姿を眺めて居たが、別人を装うても訝(あや)しまれぬくらい、その容貌は夜の感じと異って居た。
たッた一度、男の乞いを許して、眼かくしの布を弛(ゆる)めたばかりに、秘密を発かれた悔恨、失意の情が見る見る色に表われて、やがて静かに障子の蔭(かげ)へ隠れて了った。
女は芳野と云うその界隈での物持の後家であった。
あの印形屋の看板と同じように、凡べての謎は解かれて了った。
私はそれきりその女を捨てた。
二三日過ぎてから、急に私は寺を引き払って田端の方へ移転した。
私の心はだんだん「秘密」などと云う手ぬるい淡い快感に満足しなくなって、もッと色彩の濃い、血だらけな歓楽を求めるように傾いて行った。

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【お知らせ】
というわけで、9月は谷崎潤一郎『秘密』をお送りしました。
早いものでもう10月。急に秋っぽくなってきましたね。
明日からはまた別の作品をお送りしますのでお楽しみに!

また先日もお伝えしましたが、10月・11月は書籍『文豪どうかしてる逸話集』とコラボし、月初にその月の文豪の逸話を配信します。

▼ 進士素丸『文豪どうかしてる逸話集』
https://amazon.co.jp/dp/4046044519

明日10月1日の配信分に1つ目のエピソードが掲載されますので、ぜひお楽しみください!

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