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みずうみ(30/31)

(645字。目安の読了時間:2分)

「わたしはわたしばかりの事を考えていたのだ。お前というものがわたしの事情以外にも、何でこの世の中へ出てわるかっただろう? いや、お前はもっと早くにもっと素晴らしい人生へ出て行くべきであったに、わたしの頑なむしろむごたらしい気もちはこんなに永い間お前を封じていた。しかも今の今までお前の考えていたことまで、無理遣りに壊そうとしていた。娘よ、わるいものはわたし一人でお前でも、それからお前の母でもない――お前に退屈がやってくるなんてことは有り得ないことだ。退屈それ自身はわたしの受取るものだ。」
 眠元朗は急に胸が拡がるような、或る鬱積したものが発散する清々しさを感じた。
かれははじめて自分の娘をゆっくりと眺められるような気がした。
「見てごらん、あんなによく日が当って、桃花村がきらきら光って見えるではないか。今こそお前はいつでも桃花村へ行けるのだ。」
 娘はその永い啜り泣きのあとで、ぼんやり夢でもさめたような父の顔をながめ、父の眼路を辿って、日の光をあびた美しい桃花村をながめた。
そこからふしぎな音楽が花と花とに埋れたなかから、玲瓏とした楽しい音色をつづけた。
気のせいか幾隻とない美しい竜旗を掲げたような舟が、朝日の湖にぽっかりと長閑げに浮いて見えた。
「お父さま、わたしお父さまの仰ることがよくわからないんでございますけれど……わたしはやはりお父さまのおそばにいとうございますわ。今までのように――。」
 しかし娘は反対な桃花村をながめ、そこへ心はふしぎに憧れた。

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